2022-02-15

イスラム教徒と日本人の違いとは?

エジプト人男性

イスラム社会の人々は踊るのが大好き。結婚式は歌と踊りがメインで、この時は男性だけでなく女性も入れ替わり立ち替わり得意なダンスを披露する。

「イスラム教徒と日本人で、一番違う点は何ですか?」とある人に聞かれました。
「あきらめが早い」「将来にクヨクヨしない」。

長くイスラム圏の人々と接してきて、イスラム教徒の方々の特徴は、この2つではないかと思います。

イスラム教徒はあきらめが早い

どういうことかと言いますと、イスラム教徒は、失敗しても「これは神が望んだことだ」と思います。だからあきらめが早い。

「自分の何がいけなかったんだろう?」とウジウジ悩んだりはしません。

イスラム教徒にとって、この世の全ての出来事は神の仕業です。聖典コーランには、こうあります。

「未来のことを言う時、『自分は〜する』と言ってはならない、必ず『神が望むなら』と付け加えなければならない」。

未来をどうこうできるのは、神だけです。未来の決定権は神だけにある。

こう思っていれば、一見不幸と思われる出来事も、あきらめがつくのです。

私の友人には7人子供がいて、もういらないと避妊していました。しかし妊娠してしまった。

彼女は「これも神様の贈り物」と嬉しそうに言っていました。

子供を望んだけれど、できなかった夫婦は「神様がそうされたから」と納得していました。

子供を事故で亡くした母親は、「あの子が死んだのは、神様がそうされたからだよ。今頃は天国にいるさ」と。

表向き平静な表情で語っていました。

一種の「悲しみを和らげる知恵」かもしれません。

将来のことでクヨクヨしすぎない

私たちは将来に何かしらの不安があるものです。病気になったらどうしよう?老後にお金がなくなったらどうしよう?しかしイスラム教徒は「神がついているから大丈夫」と考えます。

私は砂漠に暮らす女性サイーダを長年取材してきました。砂漠にはサソリや毒ヘビがいて、噛まれたら死ぬこともあります。しかし彼女は言います。「神が見守ってくれているから大丈夫」。

子供がいない夫婦に「老後は不安ではありませんか?」と聞くと、「神がついているから大丈夫」。

どうこうできるのは神だけ

「神なんて、非科学的だろ?」と日本人なら思います。しかし、いるかいないかは誰にもわからないのです。だったら「いる」と信じた方が得ではありませんか?

失敗しても「これは神の仕業だ」、将来の不安についても「神がついているから大丈夫」。これならノイローゼになったりすることも、あまりないでしょう。人間、何事も自分に都合よく考えた方がいいのです。

非科学的だと言いながら、私たちは新年に神社に行くと必ず祈ります。「神様、どうか今年も良い年でありますように」。
誰でも心の奥底には、「神」を求める気持ちがあるのです。

そして「神様、どうか‥」の言葉の裏には、「未来をどうこうできるのは、結局は神だけだ」という潜在意識があるからではないでしょうか。それを明確にしているか・していないかの違いだけです。

人の力には限界が

それでも私達は「未来は自分の手でどうこうできる」「努力次第で未来は切り開ける」と思いたがります。
それは「おごり」かもしれません。人間の力は限界があリます。どんなに努力しても、叶わないこともある。

「おごり」の気持ちがあると、失敗した時に痛い。「自分の努力が足りなかったんだ」と思うからです。
そうではなく、「神様にお任せしよう」とゆったり構えていた方が、楽に生きられると思いませんか?

そもそも私たちが生まれたのも、死んでいくのも、自分の意志ではありません。だから自分の意志で未来をどうこうしようというのが、いかに小賢しいものか。自分ででできることは、たかがしれています。

自分の意思を超えた大きなもの(イスラム教徒の場合は「神」)を視野に入れておけば、ゆったりかまえていられます。先人はそれについて「人事を尽くして天命を待つ」と言いました。

「未来は神が決めること」と思っていれば、たとえ成功しても「それは神のおかげ」と思い、感謝の気持ちが湧いてきます。
失敗しても、「神様がそうされたから」と自分を責めずにすみます。つまり良いことづくめ、なのです。

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