多勢で食べる食事のおいしさ。「聖者の食卓」とイスラム教徒のラマダンの共通点

10万人そろって食事

なんと10万食の食事を、毎日無料で提供している寺院があります。インド北西部パンジャブ州アムリトサル。ここにあるシーク教の総本山の黄金寺院です。

ボランティアが毎日食事を作り、宗教、国籍とわず誰でも無料で食べることができる。

この様子をつぶさに記録したのが、映画「聖者たちの食卓」です。

ナレーションも字幕もない映画。ただ淡々と調理風景、食事風景を映し出していきます。

その、調理をボランティアで行う人たちの顔が、実に良い。

玉ねぎをきざむ人、ニンニクの皮をむく人、チャパティ(パン)の粉をこねる人、それを丸める人、平らにする人、やく人……。
調理は完全に分業体制だから、各自は淡々とその作業だけをひたすらやり続ける。
一銭にもならない。どうして嬉々としてこなせるのか?

10万人という人が一堂に介して一緒に食事するという喜び、素晴らしさを、心の底から信じているから。それに自分が寄与できることを、無上の喜びと感じているからでしょう

ラマダンの「神の食卓」

イスラム教徒のラマダンも同じです。信者はラマダン月の1ヶ月間、日の出から日の入りまで、いっさいの飲食をたつ。

日本人からみたら苦行のように思えるラマダンですが、「ラマダンが好きだ」というイスラム教徒は多い。というか、ほとんどです。

ラマダン中は、ラマダン特別セールやテレビの特別番組など、特別な楽しみがある。が、なんといっても最大の楽しみは、多勢で食べる断食明けの食事です。

ふだん別々に夕食を食べる家族も、ラマダン中は必ずそろって食事します。また親戚同士が集まって断食明けの食事をとることも多い。

また、エジプトなどでは、無料の食事サービスを提供する人もいます。通りにテーブルを出し、通りがかりの人誰もが食事することができる。これを「神の食卓」といいます。

ラマダン中の神の食卓

カイロの郊外の道路脇に設けられた「神の食卓」。

なぜこういうことをするかというと、イスラムには「貧しい人を助けよ」という教えがあり、その善行を実践すれば、死後天国へ行けるチャンスが増えるからです。

しかしそれだけではありません。多くの人とテーブルを囲む楽しみを、提供する側が感じているからこそでしょう。

食事は大勢で食べた方がおいしい。この当たり前の人生の喜びを、映画「聖者の食卓」は気づかせてくれます。

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