イスラム圏で言ってはいけない言葉

 イスラムの国で地元の人と少し親しくなると、良く聞かれるのが「あなたの宗教は何?」。この時、つい「無宗教」と言ってしまいたくなるけれど、ちょっと慎重になった方が良い。相手によっては「おかしな人」みたいに思われる可能性がある。日本で考える宗教とイスラムとは、だいぶちがうものだからだ。

 イスラムの教えは「親にやさしくすること」、「貧しい人を助けること」といった人生訓的なものもあれば、「礼拝前の浄めはどのようにするか」、「何を食べて良いか、何を食べては悪いか」、「どんな服装が好ましいか」といった日常生活の細かなルールを定めたものもある。「望まない妊娠をした場合、堕胎が許されるのはいつまでか」といったもの、また「利子を取ってはいけない」といった商売上のことまで。結婚や離婚、相続などに関する法律も、基本イスラム法に基づいている。結婚の時には、それに沿って花婿から花嫁にマフルという婚資金が支払われる。

 つまり日常の行動指針を具体的に示したのがイスラムだ。日本で宗教というと、日常生活と切り離された特別なものといったイメージがあるが、イスラムはまさに日常そのものだ。

 そして多くの人にとって、国や社会が決めた法律やルールよりイスラムの教えの方が大事だ。エジプトに住み始めた頃、私は激しくおどろいた。役所の窓口で係の人がサンドイッチをほおばっている。渋滞時に車が歩道を走っている。無秩序である。これは私たちとでは大事にするポイントが違うからだ。イスラム教徒にとって大事なのは宗教。きちんとお祈りさえして神を信じていれば、遅刻しようが、役所の窓口でパンを食べようが関係ないといえば関係ない。

 いってみれば宗教中心に日常生活が回っている。だから「宗教がない暮らし」というものを想像できない。「無宗教」と聞くと、生きる指針がなくて、どうやって暮らしているのだ? と思う。

 もちろんイスラム教徒でも信仰心は様ざま。お酒をのむムスリムもいれば、お祈りをしないムスリムもいる。そんな人たちでもほぼ例外なく、神を信じ、来世の存在を信じている。宗教にのっとった正しい行いをすることで天国に行ける。ムスリムの人たちにとって現世より来世の方がずっと大事だ。「今苦しくても良い行いをすれば来世で天国へ行ける」と信じている。そういう意味ではイスラム教は、非常に精神衛生に良い宗教だ。