イスラム教のルールは厳しい?その教えは人にやさしく合理的。

イスラム教のルールと教え

イスラム教のルールは厳格ですよね。

豚肉はダメ、酒はダメだとか。

厳しく制限されてイスラム教徒たちは楽しいのでしょうか?

1日5回も礼拝しなきゃいけないって、大変では?

そんな疑問にわかりやすくお答えします。

この記事を書いている私は、イスラム教の入門書である『イスラム流幸せな生き方』など多数の本を出版しています。

イスラム教は「生活のルール」といった側面があります(→イスラム教の特色②生きるルール:聖と俗を分けない)。

では苦しみながらルールを守っているのでしょうか?

実はそうではありません。またルールは、理にかなった面もあります。

わかりやすく解説します。

イスラム教のルール

まず、イスラムのルールにはどんなものがあるかご紹介します。

生活宗教」と言われるように、イスラムには日常生活の様々なルール(義務や禁止事項)があります。

(それらはコーランや、ハディース(ムハンマドの言行録)に書かれています。)

<義務> 

・「礼拝
1日に5回、メッカの方向に向かって礼拝する。神に対する感謝。決まった動作と言葉がある。

・「喜捨
自分の財産の一部を貧しい人に分け与える。

・「断食
ラマダン月(イスラム暦の9番目の月)の間、飲食など欲望を断つ。

・「巡礼
一生に一度、聖地メッカに巡礼する。経済的・体力的に可能な人のみ。

 

<禁止事項> 

・豚肉を食べない。 

・決まった作法で殺した肉以外を食べない。
(殺す前に「神の御名によりて」と唱えて頸動脈を切ったもの)

・飲酒しない。

・婚外交渉の禁止。

・肌の露出(男女とも)の禁止。

・銀行の利子の禁止。

ルールには理由がある

これらのルールを設けたのには、合理的な理由があります。

●<礼拝

←決まった時間に礼拝することで、規則正しい生活ができる。

←立ったり座ったりしながら神に感謝することで、心を整え、体のコンディションも整えることができる。

←礼拝前に身を清めるから、衛生的。

(参考:イスラム教徒の礼拝と祈りが心にもたらすもの

●<ラマダン月の断食

←断食することで肉体の状態を健康にし、肉体のクリーニングを行うことができる。

←食欲を抑えることで、自己抑制と精神力が鍛えられる。

←「飢え」を知ることで、貧しい人に思いをはせることができる。

(参考:イスラム教のラマダンとは?【お祭りです】

●<喜捨>←貧しい人を救うため。

(参考:ザカートとサダカ<イスラム教の喜捨>

●<巡礼>←一生に一度広い世界を見て、イスラム教徒同士の団結心を強める。

(参考:イスラム教のメッカ巡礼ハッジとウムラとは?

● <豚肉を食べない>←冷蔵技術が無い時代、豚肉は寄生虫が発生しやすく危なかった。 
(参考:イスラム教徒が豚を食べない理由とは?

●<決まった作法で殺した動物以外は禁止>←食べ物に対する痛みの気持ちを表し、神に願う。頸動脈を切って殺すのが、動物にとって最も苦痛が少ないと言われている。

(参考:ハラール食品とイスラム教の食事ルール

●<飲酒禁止>←酔って他人に迷惑をかけたり、アルコール依存症になったり、トラブルに巻き込まれる可能性があるから。

●<婚外交渉の禁止>←女性の望まない妊娠などを防ぐため。

(参考:イスラム教が男女隔離で婚外交渉を禁止する理由

●<肌の露出禁止>←痴漢やレイプ、職場におけるセクハラの防止。

(参考:「女性は宝石」イスラム教の女性が髪や肌を隠す理由) 

● <利子の禁止>←利子で儲けるのは金持ちの搾取になるため。

 

このように合理的な理由があります。

人間は弱いものです。「貧しい人には分け与えるべきだ」「飲み過ぎてはいけない」など頭ではわかっていても、なかなか実行できません。

そこで神様の命令としてしまったのです。

さらにルールを守って善行に励めば、死後に天国へ行けます。

なかには嫌々従っている人もいるかもしれませんが、大方の信者は喜んでルールに従っているのです。

ルールは人にやさしい

ルールには抜け道もある

ルールというと厳しそうなイメージがありますが、そうではありません。抜け道もあるからです。

たとえば豚肉は禁止ですが、「他に食べるものがなければ、食べても良い」とされています。

豚と知らずに食べてしまった場合も許されます。

豚骨ラーメンを、それと知らずに食べてしまった場合などです。

ラマダン月の断食も、病人や老人、10歳以下の子供、妊婦など体力的に弱い人は免除されます。旅行者もです。

ただし老人や子供以外は、後で埋め合わせします。だから免除というよりは「猶予」に近いです。

酒も自分の体を守るものが酒以外になかったら、栄養源として飲んでも良いとされています。

このようにルールは意外にゆるく、強制というよりは「努力目標」に近いのです。

「われは誰にも、その能力以上の重荷を負わせない。」(「コーラン」23章62節)

悪い行い」は「良い行い」で挽回できる

ルールを守れず悪い行いをしてしまっても「良い行い」で挽回すれば良いとされています。

お酒を飲んでしまったら、そのぶん真面目に礼拝すればいい。

礼拝をさぼってしまったら、貧しい人に施しをすればよい‥‥。

コーランには「~してしまったら、~せよ(挽回せよ)」という記述がいたるところにあります。

「断食することができるのにしなかった場合は、貧者に食物を施すことで償いをすること」

(2章179節)

また善行によっては、それまでの悪行がすべて帳消しになることもあります。

 「(施しを)そっと隠して貧乏人にくれてやるならもっと自分の身のためになり、その功徳で(前に犯した)悪事まですっかり帳消しになる」

(第2章273節)

つまり、誰もが天国へ行けるようなシステムになっているのです。

「だからイスラムって、ぜんぜん厳しくないの」と、結婚を機に入信した日本女性は言います。

こういうゆるさが、イスラム教徒が世界中で増え続けている理由の1つでもあるでしょう。

(参考:世界でイスラム教徒が増える理由

さいごに:仕事の効率よりも大切なこと

異教徒にとって、1日5回の礼拝やラマダン月の断食は、仕事を邪魔する、一見非効率的なことに思われます。

はじめてイスラム圏に行った時はとまどいました。

礼拝の時刻になると、商店が閉まってしまう。役所へ行っても係の人がいない。

外国人には何かと不便を感じるものです。

しかし彼らは1日のうち何度か神に祈ることで、心の平穏を得たり、生きていることに感謝したりしている。

とても贅沢な時間を生きているのです。

効率や商売といったことより、大いなる神に祈ることを優先する。

私たちと違う思考回路で生きている人たち。

千年以上も前に書かれたコーランという書物を、今も生きる手本としている。

500年後も、千年後も、きっとそれは変わらないでしょう。

私たちとは行動基準、思考、文化が根本から違う。

そういう人々の営みに触れる面白さは、イスラム圏でしか味わえないことです。

 

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2 COMMENTS

穢土

商業民族で起こっただけはあり、善悪相殺思想はポジティブで経済的には合理的だと思います。ですが「過失は過失であり覆水は盆に帰らない、罪を軽く受け止めることがあってはならないし過ちは起きてから挽回するよりも起きる前に防ぐのが大事」という日本の思想とは相性が悪いでしょう。そしてどちらも絶対的に正しいものではないと思います。日本のほうが事故の発生率やマナーは良いと思います。

常見藤代

穢土様

コメント大変ありがとうございます。

おっしゃる通りです。イスラム教の思想も日本の思想も、どちらが正しい・正しくないではありません。
ここでは、一般的に日本人には厳しいと思われているイスラム教の戒律・ルールについて、必ずしもそうではない側面を紹介しました。

そしてご指摘の「過ちは起きてから挽回するよりも起きる前に防ぐのが大事という日本の思想」ですが、これはまさにイスラムの思想と同じです。

イスラム教では男女間で「過ち」が起きる前に防ぐのが大事と考え、男女隔離や婚前交渉禁止をルールとしています。

「飲酒禁止」についても、酔った上での過ちは多々ありますが、これを防ぐために、飲酒禁止がコーランに盛り込まれました。

日本では、これらの点いかがでしょう? 
だからといって、日本社会と比べてイスラム社会の方が良いと言っているわけではありません。
ただ過ちを防ぐという意味では、戒律にはそれなりの意味があるということです。

「日本のほうが事故の発生率やマナーは良いと思います」ですが、イスラム社会と日本を比べて、一概にどちらが良い、悪いかは言えないのではないでしょうか。

また何かありましたら、ご指摘くだされば嬉しいです。

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