イスラム教徒はなぜ自殺しないのか?

「日本って、これだけ経済が進んでいるのに、なんで年間3万人以上自殺するの?」

「戦争で毎年死ぬ人数よりずっと多い。日本人同士が殺し合ってるようなものじゃないか。日本はちっとも安全な国じゃない」。

イスラム教徒たちによく聞かれることです。

イスラム社会は一般的に自殺が少ないと言われます。
それはなぜなのでしょう?

自分を必要以上に責めず、心理的に追い詰めないシステムがイスラムにあるからです。

コーランで自殺を禁じる

まずいちばん大きな理由は、コーランで自殺を禁じていることです。

「アッラーが侵してはならないとされた生命を、正当な権利なくしては殺してはいけません。」(6章151節)

自殺した者は来世で火地に入れられ、永遠に苦しめられるとされています。

命は神からいただいたものであり、それを勝手に絶ってはいけない、というのがイスラムの考え方です。

(参考:イスラムで禁止されていることは?

失敗は神のせい

彼らは何か失敗をしても神のせいだとし、自分を必要以上に責めません。

そもそも「イスラム」は、「神にすべてをゆだねる」という意味です。

神は全知全能であり、この世の全てをつくった存在である。
人間は無力な存在であり、神に全面的に従って生きる。これがイスラムの基本です。

物事の結果も神が決めることです。

良いことがあっても神のせい、つらいことがあっても神のせい。

自分が失敗しても「神さまがそう思し召されたから」で終わりです。

そのため自分を必要以上に責めて、悩んだり自分の首を絞めたりすることがありません。

(参考:神にすべてをゆだねる「天命」とは?

弱い者へのいたわり

イスラムでは弱者救済が重要な柱です。貧者、病人、老人、女性など弱者を助けるのは神の命令です。

貧者には施しをする義務があります。

施される側は堂々としています。信者に施しという善行を行うチャンスを与えた側であり、卑屈になる必要がないからです。

そもそも貧者になったのは神のせいであって自分の責任ではありません。

誰かが病気になって治療費が足りない場合、家族親戚ばかりか、近所の人がお金を出し合って助けることもあります。

(参考:イスラムの基本思想② 信者間の「平等」と「弱者救済」)

家族のつながり

イスラムでは家族がもっとも大切です。それだけ家族のつながりが強い。

知り合いのバングラデシュ人はいいます。

「バングラデシュは日本よりずっと貧しいのに自殺がとても少ないです。それは家族や親戚の関係が親密だからです」。

誰かが生活に困れば、みんなで助ける。社会保障は十分とはいえませんが、親族の助け合いがそれを補っています。

(参考:イスラムにおける「家族」の重要性

「死後は天国へ行ける」安心感

イスラムでは生前に善行を重ねれば死後に天国へ行けるとされています。

来世は永遠であり、天国に入れば、ずっと楽しい生活が送れます。

しかもイスラムでは容易に天国に入れることになっています。
だから誰もが死んで天国に行くことを信じています。

死んだら地獄に行くとおびえている人に、私は会ったことがありません。

日本人はみんな「死んだらどうなるのか?」と漠然とした不安を抱えています。イスラム教徒には「天国へ行ける」というゆるぎない安心感がある。

実際、天国があるかないかなど、本当は誰にもわからないでしょう。
だから「死んだら天国へ行ける」と信じることが非科学的と言われれば、それまでです。

でも「来世は天国へ行って永遠に楽しく暮らすことができる」と信じて生きるのと、「死んだらどうなるかわからない」と不安を抱きながら生きるのと、どちらが幸せでしょうか?

(参考:イスラムの天国と地獄とは?

「神が見守ってくれる」安心感

私は2003年からエジプトの砂漠で一人で暮らすサイーダを取材しています。

遊牧民

砂漠で日没の礼拝をするサイーダ

砂漠にはサソリも毒ヘビもいます。噛まれたら死ぬこともある。

しかし彼女はいいます。「私には神様がついてるから、大丈夫」

イランで子供がいない定年夫婦の家にお邪魔したことがあります。

「将来は不安じゃないですか?」ときくと、「神がついているから大丈夫」と。

もちろん神がいるかいないか、誰にもわからりません。

だったら「私には神様がついている」と信じて安らかに生きる方がトクではないでしょうか?

まとめ

宗教は人がつくったものかもしれません。

しかしそれは人が心安らかに生きるための一種の知恵ではないでしょうか。

「自殺はいけない」。
私たちは誰でも頭ではわかっています。

でもなぜ?と聞かれて、うまく説明することができるでしょうか?

「親孝行をすること」は大切なことだと誰でも知っています。

しかしなぜ大切なのか?と聞かれて、人を説得できるだけの論理的な説明をすることは難しい。

それは説明するまでもなく、当たり前のことだからです。

当たり前であっても、できないこともある。

この「人として生きる上で大切な」当たり前を、イスラムでは神の命令と位置付けた。

なぜなら人は弱い者であり、時には守れないこともあるから。

そこがイスラムの特異な点であり、卓見だと私は思います。

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