名誉殺人はイスラム教と関係があるのか?パキスタンや中東だけの犯罪なのか?

パキスタンの名誉殺人

パキスタンの結婚式。パキスタンでは今も見合い結婚が多いが、イスラム教では結婚前に女性の意思を確認することになっている。

パキスタンや中東などイスラム社会では、名誉のために父親が娘を殺すそうですね。

なぜそんなことができるのでしょう?

名誉殺人は宗教の戒律で決まってるんですか?

そんな疑問に答えます。

この記事を書いている著者は、イスラム入門書『イスラム流幸せな生き方など多数の本を出版しています。

今も世界中で年間5千人の女性が犠牲になっていると言われる名誉殺人。

パキスタンや中東などのケースがニュースになることが多く、しばしばイスラム教と関連づけて語られます。

この記事では、名誉殺人とは何か?イスラムと関係があるのか?などをわかりやすく解説し、名誉殺人について知るための書籍も紹介します。

名誉殺人とは?

不貞行為をした女性を男性親族が殺すことです。婚前交渉をしたり、駆け落ちしたり、未婚のまま妊娠したりといった場合です。

なぜそんなことができるのでしょう?

名誉殺人が起こる場所では、女性の貞節が家族の名誉と不可分です。

貞節が守られなかった場合、家族の名誉が傷つけられます。そして家族の男性たちが女性を監督できなかったと周囲から見られ、社会的に恥辱を受けます。

そこで名誉を回復するため、彼女をその男性と結婚させるか、彼女を抹消して監督不届きの責任をとるのです。それによって名誉が回復することになります。

名誉殺人は多くの場合、「名誉」のために犯人の不起訴や減刑が認められてきましたが、近年終身刑となるケースが多いようです。

名誉殺人はイスラム教から来ている?

名誉殺人でよくニュースになるのは、パキスタンやヨルダンなどイスラム社会が多く、イスラム教に関係していると思われています。

しかしそれは誤解です。

「トルコでの名誉の殺人に手を染める男たちは、貧しいが敬虔なイスラム教徒だ。だが、イスラムという宗教が、その犯罪を起こさせているわけではない。

(「名誉の殺人」)

イスラム社会だけでなく、インドやヨーロッパでも起きています。

「今でも名誉殺人は北インドに限らず、南インドや多くの地域で、社会的に支持されて行われていると言われています。」

(「インドの社会と名誉殺人」)

 

「このような「処女性の尊重」や「名誉のための殺人」は、アラブ・ムスリム地域に限定されたものではないことである。むしろ、これは地中海の北岸の南ヨーロッパ地域にも共有されている現象なのである。」

(「近代・イスラームの人類学」)

かつてのギリシャにもあったと言います。

「今日でもギリシャの農村では、姦通の疑いを受けた妻は、夫によって強制的に実家に送り返され、この女性の父または長兄は、名誉の名目で一般的には短刀によって彼女を殺さなければならない。」

(「イトコたちの共和国」)

ただしこの原著が書かれたのは1966年ですので、これはかなり前の話でしょう。

インドの社会と名誉殺人」によれば、ロンドンの出版社が出した「HONOUR」という名誉殺人の本に、事例としてイスラエル、インド、エジプト、ヨルダン、欧州、南米などの報告がまとめられているそうです。

では、この風習はどこからきているのか?

男尊女卑的な社会が生み出した慣習です。

名誉の殺人はイスラム教成立以前から存在し、男性が女性や子どもを支配する家父長制と古い部族社会の悪弊が犯罪をもたらしている。

(「名誉の殺人」)

イスラム教で名誉殺人は許されている?

名誉殺人では、しばしば女性が不貞をしたという「うわさ」を聞いただけで、親族が女性を殺害してしまうケースがあります。

しかしイスラム法では、姦通罪が成立するには4人の証人が必要です。

4人が実際にやった場面を見なければならないのです。

またイスラム教では男女とも貞節の義務があり、不貞行為を行えば男女とも罪に問われます。

しかし上記のような家父長制の強い社会では、力を持つ者がその知識がなかったり、部族の伝統の方を重んじるために、犠牲になる女性が出てしまいます。

しかし殺人、子殺しはもちろんコーランで禁じられています。(→イスラム教で禁止されていることは?

 

名誉の殺人」には、自分の父親より高齢の男性と結婚させられることにショックを受け、自ら命を断つ若い女性のケースが紹介されています。

しかしこれもイスラムに反しています。

イスラムでは結婚前に彼女の同意を得ることになっています。

「既婚の女性はその意向を尋ねてからでなければ嫁がせてはならず、また処女はその同意を得てからでなければ嫁がせてはならない。

(アル=ブハーリーのハディース)

ハディースとは、預言者ムハンマドの言行録のこと。

パキスタンなどでは、現在でも親が決めた相手と顔も見ずに結婚するケースもあると聞きますが、これも地域の慣習で、イスラムが要因ではありません。

イスラム世界全体では見合い結婚が少なくありませんが、結婚までに何度か会うのが普通で、婚約破棄もしばしば起こります(女性側からが多いです)。

娘の命より名誉の方が大事?

名誉殺人は日本人の感覚では理解不能のように感じます。

しかしこういうケースを想像してみたらどうでしょう?

夫婦と息子、娘の4人家族があるとします。その息子が殺人を犯してしまったとしたら。

仮に妹が独身で、見合いなどをする場合、彼女の縁談に影響しないと言えるでしょうか?

父親は息子の育て方が悪かったと、社会から白い目で見られるかもしれません。

息子の殺人行為が「家族の名を汚した」ということにならないでしょうか?

家族にとって、殺人を犯した息子を許す気持ちになれないかもしれないし、いっそのこといなくなって欲しいと思うことも、あるかもしれません。

家族は息子と縁を切るか、周囲の目が耐えきれず、ひっそりどこかに引っ越ししてしまうかもしれません。

もちろん殺人と不貞行為は罪の重さが違うと思われるでしょう。

しかし名誉殺人が行われている地域では、女性の処女性が非常に重視され、不貞が殺人と同程度の重大な罪と考えらる場合もあります。

加えて「名誉」を非常に重要視する社会でもある。

さらに家を継いでくれる男子は、女子より重んじられ、女子の命が軽く扱われる場合もある。

そう考えれば、名誉殺人という犯罪に至った背景を理解できなくはないでしょう。

もちろん決してあってはいけないことであり、根絶していかなければならないことに変わりはありませんが。

 

【「名誉の殺人」】

トルコの女性ジャーナリストが、名誉殺人を犯した殺人犯を刑務所内でインタビューし、家族や周囲の人々を丹念に取材し、犯行に至るプロセスを克明に記録しています。

本書を読むと、名誉殺人のほとんどが貧困からもたらされていることがわかります。

日本人の旅行先として人気が高いトルコの知られざる一面を見ることができる本でもあります。