2020-09-17

名誉殺人はイスラムと関係がある?パキスタンや中東だけの犯罪?

パキスタンや中東などイスラム社会では、名誉のために父親が娘を殺すそうですね。なぜそんなことができるのでしょう?名誉殺人はイスラム教の戒律で決まってるんですか?

そんな疑問に答えます。

世界で年間5千人の女性が犠牲になっていると言われる名誉殺人。パキスタンや中東などのケースがニュースになることが多く、しばしばイスラムと関連づけて語られます。

名誉殺人とは何か?イスラムと関係があるのか?などをわかりやすく解説します。

名誉殺人とは?

名誉殺人とは、不貞行為をした女性を男性親族が殺すことです。婚前交渉、駆け落ち、未婚での妊娠、などです。

なぜ殺すことができるのか?名誉殺人が起こる場所では、女性の貞節が家族の名誉と不可分です。

女性の貞節が守られなかったら、家族の名誉が傷つけられることになる。家族の男性たちが女性を監督できなかったと周囲から見られるのです。これは社会的な恥辱です。

そこで名誉を回復するため、彼女をその男性と結婚させるか、抹消して監督不届きの責任をとることになります。それによって名誉を回復させるのです。

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名誉殺人はこれまで「名誉」のために犯人の不起訴や減刑になることが少なくありませんでした。最近は終身刑となるケースが多いようです。

名誉殺人はイスラムと関係している?

名誉殺人がニュースになるのは、パキスタンやヨルダンなどイスラム社会が多く、イスラムに関係していると思われがちです。実際にはそうではありません。

「トルコでの名誉の殺人に手を染める男たちは、貧しいが敬虔なイスラム教徒だ。だが、イスラムという宗教が、その犯罪を起こさせているわけではない。」(「名誉の殺人」)

インドやヨーロッパでも起きています。

「今でも名誉殺人は北インドに限らず、南インドや多くの地域で、社会的に支持されて行われていると言われています。」(「インドの社会と名誉殺人」)

 

「このような「処女性の尊重」や「名誉のための殺人」は、アラブ・ムスリム地域に限定されたものではないことである。むしろ、これは地中海の北岸の南ヨーロッパ地域にも共有されている現象なのである。」(「近代・イスラームの人類学」)

かつてのギリシャにもあったそうです。

「今日でもギリシャの農村では、姦通の疑いを受けた妻は、夫によって強制的に実家に送り返され、この女性の父または長兄は、名誉の名目で一般的には短刀によって彼女を殺さなければならない。」(「イトコたちの共和国」)

ただし「イトコたちの共和国」の原著が書かれたのは1966年。本の内容はかなり前の話でしょう。

インドの社会と名誉殺人」によれば、ロンドンの出版社が出した「HONOUR」という名誉殺人の本に、事例としてイスラエル、インド、エジプト、ヨルダン、欧州、南米などの報告がまとめられているそうです。

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名誉殺人の要因

では、名誉殺人はどこからきているのか?男尊女卑的な社会が生み出した慣習です。

名誉の殺人はイスラム教成立以前から存在し、男性が女性や子どもを支配する家父長制と古い部族社会の悪弊が犯罪をもたらしている。」(「名誉の殺人」)

イスラムで名誉殺人は許されている?

名誉殺人では、しばしば女性が不貞をしたという「うわさ」を聞いただけで、親族が女性を殺害してしまうケースがあります。

しかしイスラム法では、姦通罪が成立するには4人の証人が必要です。4人が実際に「やった」場面を見なければならないのです。またイスラムでは男女とも貞節の義務があり、不貞行為を行えば男女とも罪に問われます。

しかし家父長制の強い社会では、力を持つ者に知識がなかったり、部族の伝統の方を重んじるため、犠牲になる女性が出ることになります。

殺人、子殺しは、もちろんコーランで禁じられています。(→イスラム教で禁止されていることは?

 

名誉の殺人」には、自分の父親より高齢の男性と結婚させられることにショックを受け、自ら命を断つ若い女性のケースが紹介されています。

しかしこれもイスラムに反しています。イスラムでは結婚前に彼女の同意を得ることになっています。

「既婚の女性はその意向を尋ねてからでなければ嫁がせてはならず、また処女はその同意を得てからでなければ嫁がせてはならない。」(アル=ブハーリーのハディース)

ハディースとは、預言者ムハンマドの言行録のこと。

パキスタンなどでは、現在でも親が決めた相手と顔も見ずに結婚するケースもありますが、これは地域の慣習で、イスラムから来ているわけではありません。

イスラム世界では見合い結婚が少なくありませんが、結婚までに何度か会うのが普通。婚約破棄もしばしば起こります(女性側からが多いです)。

娘の命より名誉が大事?

たとえ一族の名誉のためとはいえ、自分の娘を殺してしまう名誉殺人は、日本の感覚ではとうてい理解し難いでしょう。

しかしこういうケースを想像してみたらどうでしょう?夫婦と息子、娘の4人家族があります。その息子が殺人を犯してしまった。

仮に妹が独身で見合いをひかえている場合、彼女の縁談に影響しないと言えるでしょうか?父親は息子の育て方が悪かったと、社会から白い目で見られるかもしれません。

息子の殺人行為が「家族の名を汚した」ということにならないでしょうか?

家族にとって、殺人を犯した息子を許す気持ちになれないかもしれないし、いっそのこと、いなくなって欲しいと思うかもしれません。そして家族は息子と縁を切るか、周囲の目が耐えきれず、ひっそりどこかに引っ越してしまうかもしれません。

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こういった殺人のケースと、娘が不貞行為とは「罪の重さが違う」と思われるかもしれません。

しかし名誉殺人が行われている地域では、女性の処女性が非常に重視され、不貞が殺人と同程度の重大な罪と考えらる場合もある。

加えて「名誉」を非常に重要視する社会であり、家を継いでくれる男子は女子より重んじられ、女子の命が軽く扱われる場合もある。そう考えれば、少し理解できないでしょうか?

もちろん名誉殺人は決してあってはならないことであり、根絶しなければならないことに変わりはありませんが。

 

【「名誉の殺人」】

トルコの女性ジャーナリストが、名誉殺人を犯した殺人犯を刑務所内でインタビューし、家族や周囲の人々を丹念に取材。犯行に至るプロセスを克明に記録しています。

本書を読むと、名誉殺人のほとんどが貧困からもたらされていることがわかります。

日本人の旅行先として人気が高いトルコの知られざる一面を見ることができる本でもあります。

【参考図書】

イスラーム ヴェールの向こう

20年間にわたり取材したイスラム女性たちのリアルな日常を紹介。モロッコ、チュニジア、エジプト、イラン、パキスタン、モルディブ‥‥。歌あり踊りありデートあり。「抑圧」などメディアによって作られたイメージと違う、生き生きした女性たちの実像を紹介します。

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