イスラム教の特色①信徒間の平等/ 聖職者がいない

イスラム教の特徴とは?

イスラム教はどんな特色があるのでしょう?

その教えを一言で言うと?

そんな疑問にわかりやすく答えます。

この記事を書いている著者は、イスラム入門書『イスラム流幸せな生き方など多数の本を出版しています。

イスラム教には、2つの大きな特徴があります。

①平等
②生きるルール

ここでは「①平等」 について、わかりやすく紹介します。

①全ての物の平等

「全てのものに同じ価値があり、平等」が、イスラム教の大きな特色の1つです。

イスラム教の神(アッラー)は唯一で、世界の全てものの創造主です。

この世の全ての物は、一つのから生まれたもの。だから全て等位、というわけです。

人間だけでなく植物、動物、木など、命あるもの全てです。

「地上の生きとし生けるものも、双翼で飛ぶ鳥も、あなたがたのように共同体の同類でないものはない」(6章38節)

ただの石ころも、ダイヤモンドも等価です。

また全ての人が平等なので、キリスト教や仏教でいう聖職者はいません。

頭が良い人も悪い人も、収入が低い人も高い人も全て平等です。

これもイスラム教徒が世界で増え続けている理由かもしれません。(→世界でイスラム教徒が増える理由

つまり神の被造物である人間は、ただ生きているだけで尊いのです。

頭のいい人や美人、金持ちだけが偉い人ではない。

人間の尊さや人間の価値は、その人が何をしたかで高まるものではありません。

ただ生きているだけで価値がある。

それがイスラム教の教えなのです。

②信者間の平等 

人間は人種や民族の違いを超えて平等です。

もし上下があるとしたら、信仰心の度合いだけです。

「われらは一人の男と一人の女からあなた方を創り、さまざまな種族と部族に分けました。それはあなた方が、互いに知り合いになるためです。」

4913節)

男女平等

全ての人が平等ですから、男女も平等です。

「男も女も分けへだてはしない。もともとお互い同士じゃ」(3章195節)

コーランには一方の性が他方より優っているとは、どこにも書かれていません。

(参考:イスラム教における男女の関係は?男女差別?コーランをもとに解説します。

信徒同士のつながり

全ての人が平等で、誰もが同じルールに沿って生きています。

だからムスリムというだけで信頼感と結びつきが生まれます。

                *

今から20年以上前、私はスーダンを旅行しました。

道中イエメン人男性、スーダン人女性と知り合い、行動をともにしていたことがあります。

イエメン人男性は20代。陸路でリビアを目指していました。リビアで仕事を見つけるためです。

彼は旅の道中、スーダン人女性の食事代・お茶代をすべて払っていました。

てっきり家族か親戚かと思っていたら、赤の他人でした。旅の途中で知り合っただけという。

なぜそこまで助けるのか不思議に思って聞くと、「彼女も同じムスリムだから」。

同じ宗教を信じていることで、家族のようなつながりが生まれる。これがイスラム教の特徴です。

信者の一体感を高める要素

イスラム教には信者の一体感を高める要素は少なくありません。

世界中のムスリムが同一のアラビア語で書かれたコーランを読む。

礼拝は同じ言葉、同じ動作で、メッカの方向に向かって行う。

あいさつも共通です。

「こんにちは」は、アラビア語の「アッ・サラーム・アレイクム(あなたたちに平安がありますように)」。

その返事は「ワ・アライクム・サラーム(そして、あなたたちにも平安がありますように)」です。

ラマダン月の断食は世界中の人が同じ日に始め、同じ日に終えます。

メッカ巡礼では、すべてのムスリムが白い布2枚だけを体に巻き、同じ儀礼に参加する。

東はフィリピン、インドネシアから、西はアフリカの奥地にまで。

広大な地域に広がった宗教が、これほど共通性を持っているのは驚きでもあります。

③イスラム教に聖職者はいない 

イスラム教では信徒が皆平等で、聖職者のような人はいません。

キリスト教の場合、キリストは神の子、仏教でブッダは悟った人で、ともに特別な人とされます。

イスラム教には、神の代理として人間の罪に赦しを与えるような聖職者は存在しません。

預言者ムハンマドも私たちと同じ「ただの一般人」です。

彼は神の言葉をあずかっただけの人間にすぎません。

わざわざコーランの中で、神がムハンマドを「無知なる者ムハンマド」とか、「文字を知らない預言者」と呼んだりしています。

つまり「ムハンマドにはそれほど知恵がなかった」と言いたかったのです。

神と人間が直接対峙する

間に仲介者がいないため、と人間の関係は限りなく近い

神はあなたの頸動脈より近くにいる」とコーランにあり、「アッラーは全てお見通し」ともあります。

これは社長がすぐ身近にいるようなもので、なかなか大変です。

イスラム教徒が隠れてを飲んでも、他の人はわかりませんが、神には見られています。

イスラム教徒が恐れるのは警察ではなく、神なのです。

他人の信仰を批判できない 

イスラムの信仰は、あくまで神と個人の契約です。

他人が個人の信仰に口を出すのは、ルール違反。

「あいつ、昨日礼拝サボった」とか「断食しなかった」などと批評するのは間違いです。

自分のことは自分のこと、他人のことは他人のこと。

気持ちの良いくらい個人主義なのです。

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