2022-04-17

イスラムの幸せとは?*信仰と善行と天国

イラン人 Iran people

イランの家庭でのホームパーティ。

宗教は人が幸せになるためのものです。ではイスラムの考える「幸せ」とはどんなものでしょうか?

イスラムにおける幸福とは?

イスラムが考える幸せとは「お金や子供がたくさんあることではなく、信仰心を持って善行に励むこと。それによって感謝と満ち足りた心で満たされ、来世で楽園に入れて永遠の幸福感がえられる」というものです。

美味しいものを食べることでも、愛する伴侶と暮らすことでもありません
(もちろん、そういう小さな幸せも含まれますが)

日本人的にはあまりも凡庸で、禁欲的な匂いがしたりもします。

でもこれこそ真の幸せを得られ、かつ誰にでもできる簡単な方法なのです。その意味は、読んでいくうちにわかります。

信仰と善行で幸福を得る

イスラムでは幸福は天国に行けることであり、日々の過ごし方は天国に入るために信仰と善行を重ねることです。

『敬虔な者は,必ず至福の中にいる。』(82:13)

『誰でも善い行いをし、真の信者ならば、男でも女でも、われは必ず幸せな生活を送らせるであろ う。』(16:97)

『あなた方をわれら(神)に近づけるのは、財産でも子供でもありません。信仰して善行に勤しむ人には、かれらが行ったことの神の報奨があり、かれらは安全な天国に高殿に住むのです。』(34:37)

信仰とは感謝

「日々信仰して、善行を重ねれば天国へ行ける」。ではその「信仰」とは何でしょう?

それはすなわち感謝です。自分が生まれて、生きてきたのも神様のおかげです。それに感謝する。

良いことがあれば、神様のおかげだと感謝する。悪いことがあっても「これは私を鍛えるため、神様が与えてくれた試練だ。ありがたく味わおう」と思うのがムスリムの考え方。

そして神に多くのものを与えられていることに感謝する。イスラムでは「神はこの世の全てのものを人間のために創った」と教えます。

地に花を咲かせるのも、人間の目を楽しませるため。夜をつくったのも人間を休息を与えるため。天に星をちりばめさせたのも、それで私たちの目を楽しませるため。

そう思えれば、この世は神のめぐみに満ちています。それを思いを馳せれば、感謝しかありません。

幸せは感謝できるかどうか?

「感謝」によって人は幸せになれます。「幸福かどうか」は、感謝できるかどうかにかかっていると言えるのです。

不幸な人は客観的に不幸な状況にいるのではなく、自分が現在生かされているのは誰のおかげか、自分がいかに多くのものにめぐまれているかを忘れ、感謝できなくなっているから不幸なのです。

逆に幸福な人は、客観的には不幸そうに見えても、自分が多くのものを与えられたことに気づき、理解し、感謝している。だから心は幸せでいられます。

幸せとは、結局は心が決めるものです。

善行とは?

では善行とは何でしょう?先ほど「日々信仰して、善行を重ねれば天国へ行ける」と書きました。

善行は主に他人に思いやりを持って接することです。親を大切にし、貧しい人、困った人を助け、他人に丁寧に挨拶をすること。

それによって自分も優しい気持ちになれ、他人からも好かれ、幸福につながります。

信仰と善行。感謝の心を忘れず、周囲の人を助けること。これを心がけることで、生きている間も自分の心は気持ちよくいられるし、さらに死んでから天国へ行ける。まさしく一石二鳥です。

イスラムの教えとは?*信じ・行うことで幸せになれる道徳的価値観

イスラムの幸せは簡単

感謝して周囲の人を助けることは、誰にでもできることです。仕事で成功するとか、大金持ちになるとかではありませんから。

本来幸せになる方法は極めてシンプルなのです。

でも私たちは大切なことは教えてもらっていない代わりに、いらない情報に囲まれすぎています。

年収1千万になるにはどうしたらいいか?結婚しない・子供もいない人は「負け犬」と言われたり。

何を信じていいのか、何をよりどころにして生きていったらいいのか‥情報がありすぎる分、見えずらくなっている。

ちなみにイスラムでは結婚を推奨していますが、結婚することが幸せの条件ではありません。子供を多く持つことも。

結婚するかしないかは、最終的にはアッラーが決めることです。結婚しなかったとしたら、何か別の道があると、別の幸せがあるとアッラーが考えたからです。

来世なんてある?

しかし日本人なら、当然こういう疑問が生まれます。

来世で天国へ行けるっていうけど、来世なんてあるの?」「どこに証拠がある?」「なんて本当にいるのか?」

確かに天国や神がある・いるという証拠はありません。でもいないという証拠もない。いると信じるのも、いないと信じるのも自由。
だったら、「いる」と信じた方が断然得です。

神はいいことをしたら見ていていくれて、来世で楽園に入れてくれる。いずれ自分は死ぬしかないが、死後は永遠の生が待っている。
そう信じることで、この世の大きな悩みから解放されます。

死は人間の究極的な悩みです。これはどんなにお金があっても美味しいものを食べても消し去ることはできない。その解決方法は、来世と神様を信じることしかないのです。(*宗教とは?人はなぜ宗教を必要とするのか?

何が幸福か不幸かは人間にはわからない

さらにイスラムではこう教えます。

『地上において起こる災厄も、またあなたがたの身の上に下るものも、一つとしてわれがそれを授ける前に、書冊の中に記されていないものはない。それはアッラーにおいては容易な業である。それはあなたがたが失ったために悲しまず、与えられたために、慢心しないためである。」(57:22・23)

つまり何が幸福か不幸かは人間にはわからない。だから与えられたものに感謝せよ、それが幸せの秘訣だというのです。

病気は悪いことと思われていますが、そうではない。健康な力強い男性は浮気して、家庭がめちゃくちゃになるかもしれません。病弱な人の方が幸せな家庭をつくれるかもしれない。

入学入試に落ちても、浪人中に出会った異性と後に結婚して幸福になるかもしれない。

何か幸福か不幸かは、人間には本当はわからない。だから全ては神様からいただいたものと、ありがたいと思って受けておけばいい。

これは「今の自分に満足する」ということです。今あるままで十分に幸せと思うこと。

希望を持たないことで幸せに

今の自分に十分満足するということは、希望を持たないことでもあります。

希望や願望は、今の状況に不満だということです。不満だから頑張ってもっと向上しなければと思う。

これが不幸のはじまりです。向上は「自己否定」を前提にしているから。「今の自分はダメな人間だ、もっと進歩・向上しなくては」と。

しかし人間、若さも美貌も体力も日々衰えていきます。そんな人間が、進歩や向上を目指しても結局はつらい思いをするだけ。

そうではなく、今の自分で十分だと思う。神様からたくさんのものをいただいることを思い出して感謝し、周囲の人に親切にする。幸せになるのは、それだけでいい。

そう。その気になれば、誰でも今からすぐに幸せになれるのです。今の自分を受け入れて感謝し、周囲の困った人を助けるだけでいい。

これは何かをゲットしたから、何かを達成したから得られる、一時的な興奮を伴う幸せではありません。

もっと静かで心穏やかで、未来の明るい希望に満ちた幸せなのです。

 

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