ムスリム女性に救援は必要か?

イスラム

『ムスリム女性に救援は必要か』*「イスラム女性は抑圧されている」というイメージはいかに作られ、政治利用されたか?

ムスリム女性に救援は必要か』。こういう本がよくアメリカで出版されたなと驚きました。

著者はアメリカの文化人類学者・ジェンダー学者。「ムスリム女性は抑圧されている」というイメージが、アメリカ政治にいかに都合の良いように利用されてきたかを、長年の中東でのフィールドワークを通して詳細に検討し、そのイメージの恣意的な間違いを暴いた本。

その政治批判はかなり辛辣で、よくこういう本がアメリカで出版されたなと思いました。

「ムスリム女性は抑圧されている」は日本でも支配的なイメージですが、それはなぜなのか?あらためてその謎が解けました。日本のメディアはアメリカのそれに強い影響を受けているからです。

著者:ライラ・アブー=ルゴド

著者ライラ・アブー=ルゴド(Lila Abu-Lughod)はエジプトを専門とするアメリカの文化人類学者・ジェンダー学者。ハーヴァード大学で人類学の学位を取得、現在コロンビア大学の教授。

中東をフィールドに30年以上にわたり、ジェンダーや女性の問題に取り組んできた、アメリカを代表する文化人類学者。

彼女の著書『「女性をつくりかえる」という思想』は日本語訳も出版されています。

訳者(鳥山純子・嶺崎寛子)は、ともにエジプトをフィールドとする女性の人類学者。

本のテーマ

米国のアフガニスンなどへの侵略を正当化するため、「現地ムスリム女性が抑圧されている」というイメージがいかに作り出されてきたか、そのプロセスを論じたもの。

このイメージによって「女性たちを救う」という大義名分ができ、戦場に赴くことが正当化されます。

イメージはいかに作られたか?

イメージを作り出す大きな役割を担った1つはメディアです。

アフガニスタンには2001年から米国の軍隊が駐留し、そのためアメリカの新聞では、定期的にアフガニスタンの女性が抱える問題が取り上げられ、多くの紙面を割いてきました。

そこでは戦争による負傷や、そのほか軍事化の影響や戦争による強制移動の顛末などは決して語られることはなく、代わりに「いかに女性たちが抑圧されているか」に多くのスペースが割かれる。

今でも、アフガニスタンやイラクからの帰還兵による、家庭内暴力や配偶者の殺人発生率が危険な水準に達していますが、そういったことは決して触れられない。

もう1つがムスリム女性の大衆的な自伝です。女性たちの苦境、親族男性などによる女性への虐待の様子を生々しく告白するもの。一例が『生きながら火に焼かれて』で、これは日本語訳も出ています。

表紙は共通していて、たいてい黒か薄いヴェールをかぶり、目だけ、あるいは片目だけを見せている女性。

タイトルも「無理やり結婚させられて」「生きながら火に焼かれて」「無理矢理結婚させられて」などパターン化している。

ストーリーもたいがい恐怖や同情をあおるもので、それらは女性本人が語るというより、ジャーナリストとの共著やゴーストライターによるもの。ほとんど真偽を検証されない「語られっぱなし」の物語で、中には明らかに捏造だった本もあります。

こういった本は1990年代からあったが、9・11以降に急成長したという。こうして同時多発テロ以降「虐げられるムスリム女性」というイメージはより強くなり、中東や南アジアにおける欧米の暴挙にもっともらしい説明を与え、それを合理化することになったのです

実際ムスリム女性は抑圧されているのか?

では、著者ライラ・アブー=ルゴドが30年間にわたり接してきたムスリム女性たちは、実際「抑圧」されているのか?

もちろん現地には社会や政治などに問題があり、そのために女性が苦しい思いをしているケースもある。

しかしそれはイスラムのせいというより、社会状況によると著者は語ります。

そして現地の女性たちは、アメリカ女性のことを全く羨ましいと思っていないという。

「私は30年以上エジプトで民族史的なフィールドワークをしてきたが、管見の限り、農村部の非常に貧しい女性から、コスモポリタンで教育程度の高いカイロ・アメリカン大学の同僚にいたるさまざまな女性たちの誰一人として、米国に住む女性たちを羨望の眼差しで見る者はいなかった

コミュニティのつながりを無くしたことを様々な形で思い知らされ、家族から切り離され、性暴力や社会的疎外感になやまされつつ、自分勝手に個人的な成功を求め、資本主義社会のプレッシャーにさらされ、他者の自治や知性を尊重せず、奇妙なまでに他者とその神を見下す帝国主義的事業と関わりを持つ米国女性を

それはしかし、エジプトの女性たちが、米国の多くの女性が手にしているある種の特権や機会を無価値とみなしていることを意味しない。」

アメリカ人女性の6人に1人は生涯に一度はレイプ被害を受けているという。その加害者は通常親しい人物や知人です。

アメリカはムスリム女性たちを救う前に、自国の女性たちを救う必要がありそうです。

【参考図書】

【写真集】「イスラーム ヴェールの向こう」

20年間の取材によるイスラム女性たちのリアルな日常を紹介。モロッコ、チュニジア、エジプト、イラン、パキスタン、モルディブ‥‥。歌あり踊りありデートあり。「抑圧」などメディアによって作られたイメージと違う、生き生きした女性たちの実像を紹介します。

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