2022-05-21

『ムスリム女性に救援は必要か』*「イスラム女性は抑圧されている」というイメージはいかに作られ、政治利用されたか?

ムスリム女性に救援は必要か?

ムスリム女性に救援は必要か』。こういう本がよくアメリカで出版されたなと思いました。

著者はアメリカの文化人類学者・ジェンダー学者。「ムスリム女性は抑圧されている」というイメージが、アメリカ政治にいかに都合の良いように利用されてきたか、長年の中東でのフィールドワークを通して詳細に検討し、そのイメージの恣意的な間違いを暴いた本。その政治批判はかなり辛辣です。

「ムスリム女性は抑圧されている」といったイメージは日本でも支配的です。それはなぜなのか?あらためて解明してくれる良書です。日本のメディアはアメリカのそれに強い影響を受けているからです。

著者:ライラ・アブー=ルゴド

著者ライラ・アブー=ルゴド(Lila Abu-Lughod)は、中東をフィールドに30年以上にわたりジェンダーや女性の問題に取り組んできた、アメリカを代表する文化人類学者。ハーヴァード大学で人類学の学位を取得、現在はコロンビア大学の教授です。

その著書『「女性をつくりかえる」という思想』は日本語訳も出版されています。

ムスリム女性に救援は必要か』の訳者(鳥山純子・嶺崎寛子)は、ともにエジプトをフィールドとする女性の人類学者です。

本のテーマ

米国のアフガニスンなどへの侵略を正当化するために「現地ムスリム女性が抑圧されている」というイメージがいかに作り出されてきたかのプロセスを論じています。

このイメージによって「女性たちを救う」という大義名分ができ、戦場に赴くことが正当化されます

イメージはいかに作られたか?

イメージを作り出すのに大きな役割を担ったものの1つが「メディア」です。

2001年からアフガニスタンに米国の軍隊が駐留した際、アメリカの新聞では定期的にアフガニスタンの女性が抱える問題が取り上げられました

そこでは戦争による負傷や、軍事化の影響や戦争による強制移動の顛末などは決して語られることはありません。

代わりに「いかに女性たちが抑圧されているか」に多くのスペースが割かれる。

今でも米国内では、アフガニスタンやイラクからの帰還兵による、家庭内暴力や配偶者の殺人発生率が危険な水準に達しています。しかしそういったことは決して触れられません。

「生きながら火に焼かれて」など

もう1つがムスリム女性の大衆的な自伝です。女性たちの苦境、親族男性などによる女性への虐待の様子を生々しく告白するものです。

表紙はたいてい共通していて、黒か薄いヴェールをかぶり、目だけ、あるいは片目だけを見せている女性。

タイトルも「無理やり結婚させられて」「生きながら火に焼かれて」「無理矢理結婚させられて」などパターン化している。

その一例が『生きながら火に焼かれて』で、これは日本語訳も出ています。

ストーリーもたいがい恐怖や同情をあおるもので、それらは女性本人が語るというより、ジャーナリストとの共著やゴーストライターによるもの。ほとんど真偽を検証されない「語られっぱなし」の物語。

中には明らかに捏造だった本もあります。

こういった本は1990年代からありましたが、9・11以降に急成長したといいます。

こうして同時多発テロ以降「虐げられるムスリム女性」というイメージはより強くなり、中東や南アジアにおける欧米の暴挙にもっともらしい説明を与え、それを合理化することになったのです

ムスリム女性は実際、抑圧されているのか?

では、著者ライラ・アブー=ルゴドが30年間にわたり接してきたムスリム女性たちは、実際「抑圧」されているのか?

もちろん現地の社会や政治には問題があり、それによって苦しい思いをしている女性は多勢います。

しかしそれはイスラムのせいというより社会状況によると著者は語ります。

そして現地の女性たちは、アメリカ女性のことを全く羨ましいと思っていないと語ります。

「私は30年以上エジプトで民族史的なフィールドワークをしてきたが、管見の限り、農村部の非常に貧しい女性から、コスモポリタンで教育程度の高いカイロ・アメリカン大学の同僚にいたるさまざまな女性たちの誰一人として、米国に住む女性たちを羨望の眼差しで見る者はいなかった

コミュニティのつながりを無くしたことを様々な形で思い知らされ、家族から切り離され、性暴力や社会的疎外感になやまされつつ、自分勝手に個人的な成功を求め、資本主義社会のプレッシャーにさらされ、他者の自治や知性を尊重せず、奇妙なまでに他者とその神を見下す帝国主義的事業と関わりを持つ米国女性を

それはしかし、エジプトの女性たちが、米国の多くの女性が手にしているある種の特権や機会を無価値とみなしていることを意味しない。」

アメリカ人女性の6人に1人は、生涯に一度はレイプ被害を受けているという。その加害者は通常親しい人物や知人です。

アメリカはムスリム女性たちを救う前に、自国の女性たちを救う必要がありそうです。

【参考図書】

【写真集】「イスラーム ヴェールの向こう」

20年間の取材によるイスラム女性たちのリアルな日常を紹介。モロッコ、チュニジア、エジプト、イラン、パキスタン、モルディブ‥‥。歌あり踊りありデートあり。「抑圧」などメディアによって作られたイメージと違う、生き生きした女性たちの実像を紹介します。

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