・イスラム教徒はなぜ1日5回礼拝するのか?
・礼拝の時間や方法は?
・礼拝できるのはモスクだけ?
・唱える言葉はアラビア語?
・アラビア語を知らない人はどうする?
こんな疑問にわかりやすく答えます。
この記事を書いている私は、2009年イスラム教に入信。イスラム入門書「イスラム流 幸せな生き方」など多数の本を出版しています。
日本人が祈るのはお正月に神社に行った時くらいです。しかしイスラム教徒は毎日5回礼拝します。
「めんどうじゃないのか?」「何度も土下座したりして大変だな」。
たいていの方はそう思うでしょう。私も当初は同じように感じていました。
それが変わったのは、2003年からエジプトの砂漠で1人で生活する遊牧民サイーダ(上の写真)と暮らすようになってからです。
彼女はラクダ7頭連れて、1人で砂漠を移動しながら暮らしています。
敬虔なイスラム教徒で、毎日5回の礼拝を欠かしません。
この話は後半に書くとして、記事では礼拝のやり方を動画などで紹介しながら、イスラム教について全く知識のない方でも100%わかるように解説します。
イスラム教徒が礼拝する理由
礼拝はイスラム教の「六信五行」の1つです。
(六信五行とはコーランに書かれた最重要な義務)。
礼拝については、コーランにこう書かれています。
「確かに礼拝は、信者に向けて定時に命じられたのです。」
(4章103節)
礼拝というと神様にお願い事をするイメージがありますが、イスラム教の礼拝(アラビア語で「サラート」)は「神への感謝」です。
神への願い事は、別に「ドゥアー」という祈りがあります。(後述)
礼拝の時間や回数
礼拝は1日に5回。「夜明け前」「正午」「午後」「日没」「夜」です。
詳しくは、次の時間帯です。
【5回の礼拝の名前と時間】
①夜明け前(ファジュルFajar):夜が明け始めてから日の出前まで
②正午過ぎ(ズフルZohar):正午から午後の礼拝まで
③午後(アスルAsar):物の影が本体と同じ長さになった時から日没まで
④日没時(マグリブMaghrib)):日没直後から夕焼けが消えるまで
⑤夜(イシャーIsha):夕焼けが完全に消えてから夜半(真夜中)まで
このように、礼拝時間は「何時何分〜」という厳密なものではなく「時間帯」です。
その時間内で、都合の良い時に行えばいいわけです。
また礼拝時刻は太陽の位置で決まります。
だから時計がなくても礼拝の時刻はわかります。
先ほどの遊牧民サイーダは時計を持っていません。
自分の影を見て決めます。
まず夜明け前(ファジル)の礼拝は夜明け前。
正午(ズフル)の礼拝は、影がいちばん短くなった時。
午後(アスル)の礼拝は、影がほぼ等身大になった時。
日没(マグリブ)の礼拝は、腕を目の位置に持ってきて、うぶ毛が見えなくなった時です。
夕食を食べて寝る前に、最後のイシャーの礼拝をします。
こういう感じで、太陽と自分の影を見て礼拝の時刻がわかるのです。
日本の礼拝時間
礼拝の時刻は国や季節によっても変わります。
こちらが日本の今の礼拝時間です。
*「ファジル」の礼拝の後に、「日の出」の時刻が書かれています。
ファジルの時間に起きられなかった場合に、日の出の礼拝で代用することが許されているからです。
先ほども書いたように、この時間ぴったりに礼拝しなければならないのではなく、次の礼拝時間までの間に礼拝すればよいのです。
5回礼拝できない場合は?
仕事や移動などで、どうしても時間通りに礼拝できないこともあります。
そんな時は、②と③の礼拝、④と⑤の礼拝を合わせて行っても良いことになっています(学派によって考えが異なります)。
礼拝の場所
礼拝はモスク以外でも、どこでもできます(ただし墓地や屠殺場など汚れた場所以外です)
イスラム圏の国では、オフィスやショッピングセンター、駅やバスターミナルに礼拝スペースがあります。
バスなどで移動する際は、たいていは道中のモスクやバスターミナルでバスを停めて礼拝します。
いつでも礼拝できるよう礼拝用マットを持ち歩いている人もいます。
メッカの方向に向かって礼拝
礼拝は聖地メッカの方向に向かって行います(正確にはカーバ神殿の方角)。
メッカの方向は「キブラ」といい、モスクの中にはキブラを示す「ミフラーブ」というくぼみがあります。
イスラム圏のホテルの部屋には、天井にキブラの方向を示す「→」が貼られています。
砂漠には何も目印がありませんが、太陽の位置でメッカの方向を知ります。
コンパスやスマホのアプリなどでも知ることもできます。
モスクでの礼拝は男女別
どこの国のモスクでも礼拝場所は男女別です。
女性の礼拝場所は2階であったり、男性の後ろの狭いスペースです。
ふだんモスクに行く女性は、男性に比べて多くはありません。
「女性は家事があるから(しばしばモスクに行けない)」というのが現地男性の意見です。
金曜日の昼の礼拝

エジプトの金曜礼拝。モスクの中に人が入りきらず、通りにまで礼拝する人があふれている。
成人男性は、金曜日の正午過ぎの礼拝は、モスクで集団礼拝するのが義務です。
(女性はこの義務を免れています)
イスラム圏の国では、金曜日が休日になっている国がほとんどです。
「お前たち信徒のもの、金曜日の礼拝に人々を喚ぶ声が聞こえたら、急いでアッラーのおつとめに赴き、商売なぞ放っておけよ」
(62章9-10節)
ふだん熱心に礼拝しない人やモスクに行かない人も、この時だけはモスクに集まります。
金曜礼拝の時は大勢の人が集まるため、しばしばモスクに人が入りきらず、外まで礼拝者があふれます。
礼拝の方法・内容
礼拝では神への感謝や賛美の言葉を唱えます。
言葉や動作には一定の形式があり、世界のイスラム教徒で共通です。
礼拝の方法を動画で紹介
礼拝の方法が詳しく紹介されています。↓
*動画中の「ラカート」は、ラカア(礼拝の動作の1連の単位)の複数形です。
1日の5回の礼拝それぞれに、繰り返すラカア数が決まっています。
ズフルの礼拝では、通常4回ラカアを繰り返します。
【礼拝の基本動作(1ラカア)】
1:直立し、これから礼拝すると心に決める。
2:両手を開いて耳の高さまであげ、「神は偉大なり」と唱える。
3:両手を体の前で組み、コーランの開始の章と好きな3節以上の節を唱える。
4:腰を曲げて両手を膝頭につけ、「偉大なる神に栄光あれ」と唱える。
5:体を元に戻して立ちながら、神を讃える言葉を唱える。
6:「神は偉大なり」と唱えながら、おでこを床につけてひれ伏す。
7:顔を上げて正座し、「神よ、私をお許しください」などと唱える。
8:6、7を繰り返す。
<ここまでが「1ラカア」>
1ラカアをそれぞれの礼拝で、決められた回数くりかえす。
最後の動作↓
9:正座してうつむき、神をたたえる。
10:「アッラーの他に神はなく、ムハンマドは神の使徒である」と信仰告白する。
11:「あなたの上に平安を」と唱える。
12:「あなたの上に平安を」と唱える。
礼拝の所要時間はだいたい10~30分くらいです。
足を痛めていて立ったり座ったりの動作はできない人は、座ったまま礼拝することも許されています。
礼拝中の言葉
礼拝中の言葉はアラビア語です。
アラビア語を母語としないイスラム教徒の中には、意味を理解している人もいれば、いない人もいます。
たいていのイスラム圏の人々はコーラン学校などで意味を学びます。
礼拝前の浄め
礼拝する前は(アラビア語でウドゥーという)をします。手洗いなど身を清めることです。
ウドゥーの方法は、こちらの動画で紹介しています。
ウドゥーをやらないで礼拝を行った場合、その礼拝は無効になります。
任意の礼拝
上記は六信五行の1つ「義務の礼拝」ですが、任意の礼拝(ドゥアー)もあります。
義務の礼拝では神への感謝を唱えますが、このドゥアーでお願い事などをすることができます。
これは各自の言葉で唱えて良いことになっています。イラン人ならペルシャ語です。
女性の礼拝
モスクでは男女別です。
イスラムでは男女隔離が原則。神聖な礼拝場所であるモスクも、もちろん男女別。
2階建てのモスクでは1階が男性、2階が女性。
1階建てのモスクは仕切りの前が男性、後ろが女性です。
これは男性が礼拝中に女性の姿を見て集中力が損なわれるのを防ぐためです。
後ろにいる女性から男性の姿は見えますが、男性は後ろの女性が見えません。
また女性は生理中は礼拝を禁じられています。
1日5回も礼拝するのは大変?
ここまで読んで、1日5回も礼拝するなんて、大変だな」「しかも決められた方法でなんて」と思われるでしょう。
日本人が祈るのはお正月に神社に行った時くらいですが、イスラム教徒は毎日5回です。
「めんどうじゃないのか?」「大変そうだだな」と思うに違いありません。
仕事中に礼拝するのは、効率の点でマイナスではないのか?とも。
私もイスラム圏に通い始めた当初は、そう思っていました。
それが変わったのは、上記のサイーダと暮らすようになってからです。
彼女は敬虔なイスラム教徒で、毎日5回の礼拝を欠かしません。
しかも礼拝の時間はとても長い。まるで祈りが生活の中心にあるかのようです。
「町では忙しすぎて、祈る時間がない」と彼女はいいます。
最初、私はいつも思っていました。
「どうして礼拝するんだろう?」
「それよりラクダの毛でも紡いでいた方がよっぽど生産的なのに」
やがて何度も通うようになって、わかったのです。
イスラム教徒にとって、礼拝が人生で最も大切なものであると。
彼女はいつも「神」を口にします。
砂漠には毒蛇がいて、噛まれれば死んでしまう危険があります。しかし彼女は「私には神がつろいているから大丈夫」と言います。
9人の子どもたちをすべて砂漠で一人で産んだことについて「神が見守っていたから」怖くなかったと。
やがてその祈るという行為、神の存在を信じることが、大きな心の安定につながっていることが、私にもようやく理解できるようになったのです。
他の多くのイスラム教徒にとっても多かれ少なかれ同様でしょう。
生きていれば、大変なこともあれば、とてつもなく悲しい出来事も起こります。
それでもいつも「神が見守っているから大丈夫」と思えるか思えないかで、心の安らかさが違ってきます。
あるイスラム教徒はいいます。
「神によって今日も生かされているって、礼拝することで日々そう確信するわ。そんな感謝の気持ちで満たされているうちに、いつの間にか嫌なことも忘れちゃうの」。
仕事中に礼拝することは、日本人の目には確かに妨げに見えます。
しかしイスラム教徒にとって、礼拝は神に感謝し、神と対話する贅沢な時間です。
労働や生産性や仕事の効率も大切ですが、それ以上に、神に感謝し、そのことで得られる心のやすらぎこそが大切である。
それがイスラム教徒の価値観なのです。
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