余命12ヶ月の末期ガンを克服した、誰にでもできる簡単な方法

がんになって、止めたこと、やったこと」。ステージ4の肝臓ガン、余命12ヶ月と宣告された著者が、生きたいという強い意志のもとにありとあらゆる方法を調べ、試行錯誤し、やがて寛解(かんかい。病気が治ること)するプロセスが記されています。

読んだ本、試みた方法、その結果。非常に具体的で、ガンの方にとってこれほど役にたつ本はなく、他の人にとっても、病気の予防・健康維持の点で有益な情報源だと思います。

要点をまとめてみました。

治療法を徹底的に調べる

手探りであらゆる情報を集め、「どうすれば生きられるか」を考えた末に、著者は生活習慣を改善することから始め、お金のかからない「代替療法」を見つけて治療を受けました。

「世の中には何百万円もする最先端の未承認抗がん剤やさまざまな免疫療法があります。しかし、そんな大金をかけなくてもできる治療方法があるのではないかと調べ始め、試行錯誤しながら取り組んできました。そのため、私が提示できる方法論は、基本的に誰でもできることなのです。」

食事を変える

食べるものが体を作る。だから何を食べるかは非常に大切です。

「自分がやってきたことのすべてがプラスに作用したと考えていますが、とくに大きかったと感じているのは「食事の見直しを中心とした生活習慣の改善」です。」

信頼できるクリニックの食事指導や本などで調べたことを総合し、ガン治療に良いと結論づけて「食べたもの」を紹介しています。

・無農薬・有機野菜(契約農家直送のもの)・無農薬玄米・オーガニック卵(生産者から直接購入)・きのこ(菌床でないもの)・発酵食品(納豆、味噌、キムチ)・岩塩(人工塩、海の塩はとらない)・メープルシロップ、はちみつ・魚(カツオ以上の大きな魚は食べない)・アーモンド、くるみ、カシューナッツなど。

早寝する

「ガンに限らず、全ての生活習慣病は、生活を見直すことが予防になるのはもちろん、何よりの治療になっていきます。」

ガンになったのは、「ストレス」や「暴飲暴食」などそれまでの生活習慣が関係しています。それらを見直し、早く寝て十分な睡眠をとり、適度な運動をし、ストレスをためないようにするなどをこころがけています。

「人間が本来持っている自然治癒力は生活習慣に大きく左右されるので、これらの点を改善することで劇的な変化が起こりえます」

体を温める

本書ではコーヒーやお酒は良くないと書かれています。しかしガンにでもならない限り好きなものをやめるのはつらく、我慢するとストレスがたまります。そのため悪いものを外に出す「解毒」が大事になってきます。

本書ではコーヒーエネマなどの方法も紹介されていますが、器具が必要で、また浣腸というと、抵抗感がある人もいるでしょう。サウナや岩盤浴も解毒には良いそうです。体温が上がれば免疫力が高まります。

「家でも毎日朝晩、41度くらいの湯船にゆっくり30分から1時間ほど浸っているようにしました。このほかには、陶板浴や砂風呂、酵素風呂などが民間の全身温熱療法として知られています。三井式温熱療法などが民間の局所温熱療法であり、整体師や鍼灸師が自主的にとり入れることもあるようです」

抗がん剤・現代医療を否定しない

代替療法を取り入れながらも現代医療とのつながりを維持し続けることは大事だといいます。抗がん剤は、使わないという決断をしきれず、2クールだけ使い、3クールにやめています。

「代替療法」に力を入れているクリニックは、たいがい小規模なクリニックなので、経過検査をするためのCT PET-CTなどの設備を持ってはいません。そのため、大きな病院などで経過検査を受けられるようにしておかないと、「代替療法の効果がでているかどうかが確かめられません。」

自分の病状は良い方に向かっているのかどうかが確かめられない。こうして途方にくれてしまう「ガン難民」が増えているそうです。

どんどん予定を入れる

「余命~ヶ月」と宣告を受けると、先のことはわからないし、予定を入れることを躊躇してしまいます。そこをあえて、楽しい予定をどんどん入れる。それが良い結果につながったそうです。

「旅行に限らず、私は次から次へと「先の予定」をいれていました。3ヶ月後、半年後、どうやっているかわからないから予定は組めないと考えるのではなく、目の前の時間にはできるだけ多くのことをこなしていくと同時に、どんどん先の予定まで入れてしまうのです。半年後にはもう動けなくなっているかもしれないなどと決めつけてしまわないほうが絶対にプラスになるのだともいます。

未来は自分でつくる

「現代の医学では治らない」と言われても生きる希望を捨てず、あらゆる道を探っていく。それが生への道を開いた。

不可能と言われても諦めなければ道は開ける。こういうことは、ガンに限らず色々なことで起こり得るでしょう。

結局、人の限界というのは、「自分で作った限界」にすぎないのだと思います。

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