本当の「生きる喜び」とは?他人の役に立つことの意義

人は何らかの人の役に立ちたいと思うもの
役立てれば嬉しい。
その体験のない人は気の毒ともいえる。
そしてやたらと狭い人になり、
喜びのない人になりがち。」

(「何がいいかなんて終わってみないとわかりません。」ミゾイキクコ)

81歳のおばあさんのツイートを集めた本。人生の本質をついた含蓄にあふれたツイートに、はっとすることが多いです。

おそらく宗教だけでは説明できません。というのも旅人に親切にするのは、何もイスラム圏の人々ばかりではないからです。

もう20年以上前、ミャンマーに行った時のことです。首都ヤンゴンで、ある家族と知り合いました。彼らは私を家に呼んでくれ、私は好意に甘えて1週間以上滞在したことがあります。

別れ際に、家の人が「お金を持っているか? なかったらあげるから」と心底心配してくれました。

どうしてここまで見ず知らずの他人に親切にしてくれるんだろう?
今このツイートを読んで、その疑問がとけたような気がしました。

人のために親切にする、それこそ生きる喜びなのではないか? 
それをイスラム圏をはじめ世界の主に辺境地に暮らす人たちは、純粋に実行しているだけでは?

「やりがい」だけで幸せになれない

一人旅の女性を家にとめ、食事を出して「おいしい!」と喜んでくれたら、誰だってうれしい。

人は宗教の前に「人としての当たり前の感情」がある。「旅人に親切にすれば、天国へいけるから。親切にしたほうがいい」などと論理的に考えて親切にしている人は少ないでしょう。

今日本では、自分のやりたいことを見つけて、それで生きていく、と説く風潮が多いけれど、「自分だけのやりたいこと」だけやって人生を終えるのはむなしい

やりたいことをしつつ、それが人の役に立つ、他の人にも喜んでもらえる、それが理想的かもしれません。

その点で、私はまだまだ人生修行がたりません。

IMG_2717イランで泊めてもらったアフガン難民の家族

ミゾイキクコさんのツイート https://twitter.com/kikutomatu

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