「週刊新潮」たったひとりの遊牧民

週刊新潮「たったひとりの遊牧民」(1)scan-001 週刊新潮「たったひとりの遊牧民」(2)scan-001 週刊新潮「たったひとりの遊牧民」(3)scan-001(「週刊新潮」2013年1月24日号)

(本文)

エジプトの遊牧民女性サイーダ(68才)は、ラクダ7頭をつれ、女一人で砂漠を移動しながら暮らしている。
 彼女が属するホシュマン族は人口1000人ほど。主にナイル川東の砂漠に暮らしている。97年以来、この辺りには雨らしい雨が降らないため、ほとんどの人が遊牧をやめて砂漠の中にある定住地に移り住み、観光客相手の仕事をするようになった。
 今でも遊牧を続けているのは、サイーダを含めてわずか2~3家族。このまま雨が降らなければ、あと数十年のうちに遊牧民はいなくなってしまうといわれている。
 泉の水を飲み、燃料には砂漠にある枯木を使う。夜は月明かりでパンを焼き、満点の星の下で眠るという太古から変わらない暮らしを続ける。テントは持っていない。移動の際に荷物が増えてしまうためと、寝るときに星が見えないのが嫌だからだという。
 草がある場所を求めて移動しながら暮らす。生まれた時から家に住んだことがない。「荷物が少ないから、いつでも好きな時に好きな場所に行ける」が口ぐせだ。
 9人の子ども達は、すべて砂漠で一人で生んだ。足を痛めた夫と子ども達は、すべて町や定住地に暮らしている。家族や親戚は皆、彼女に一緒に暮らそうと誘うが、彼女は好きな砂漠の暮らしを捨てるつもりはない。
 携帯を持たない彼女に会うには、砂漠に残された彼女とラクダの足跡をたどりながら探す。その日のうちに見つけることができず、砂漠に寝ることもある。
  遊牧民の多くが携帯を持つ様になったが、彼女はそのつもりはない。彼女は言う。「以前は友人知人の家をよく訪ね合ったものだった。今は携帯ですぐに声が聞けるから、隣に住んでいても訪ねない。昔は離れていても心は近かったが、今は近くにいても心は遠い」

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