大切な人を失った悲しみを乗り越える方法。イスラムがもたらす「心の救い」

砂漠の遊牧民

エジプトの砂漠を移動しながら暮らすサイーダ。ラクダ1頭に積み切れるだけの荷物を持ち、ラクダ7頭を連れて移動生活を送っている。

エジプトの遊牧民サイーダは、砂漠で一人、ラクダと暮らしています。

ラクダ7頭連れ、砂漠を移動しんがら暮らしている。

彼女がいるのは、首都カイロから車で6時間ほど南下したハルガダというリゾート地の近く。

ハルガダから車で3~4時間行った砂漠の中です。

死は神様が決めたこと

2003年からこれまで毎年のように彼女に会いに行っています。

その間、彼女の肉親が何人か亡くなりました。

夫や2人の息子、そして親戚の人々などです。

中でも印象に残っているのは、末息子・サイードが亡くなった時のことです。

彼は舗装道路を歩いているとき、後ろから来た車に接触されました。

すぐ町の病院に運ばれたものの、3日後に死亡。

事故の直後、親戚がサイーダにそのことを知らせようとしましたが、彼女はいつも砂漠を移動していて、携帯を持っていません。

結局誰も知らせることができませんでした。

彼女は末息子の最期に立ち会うことができなかったのです。

私が彼女に会ったとき、彼女は息子の死について清々しい表情でこう語りました。

サイード(末息子)の死は神様が決めたんだ。今ごろ天国にいるさ」。

身近な人、親しい人が亡くなった時、イスラム教徒の人々は「神様の思し召しで天国へ行った」と考えます。

「死は神様が天国に呼んだ」と。

悲しみ、苦しみも、すべて神が与えてくれたこととし、それを受け入れる。

そうやって、とうてい耐えきれないと思われる親しい人の死を心の中で納得させるのです。

悲しみを一人で背負わない

神を信じる習慣がない私たちは、苦しいこと、悲しいことがあった時、「自分が悪かったのでは」などと自分を責めてしまいがちです。

が、責任を神に転嫁してしまうことで、イスラム教徒の人々は自分の心を癒している。

神を信じ、祈ることが、どれほど大きな人の心の支えになっているのか。

私は彼女と砂漠で暮らす中で、それを実感することができました。

砂漠に暮らす彼女の生活において、祈ることは、食べることと寝ることと同じか、それ以上に大切な意味を持っています。

祈りが生活の中心ある。

それによって心の平穏、安らぎを得ているのです。

エジプトの遊牧民サイーダ

砂漠で礼拝するエジプトの遊牧民

 

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