旅をする意味って何?「旅は一種の学校である」

年に3、4回海外に行きますが、そんな私でも「海外にいって何になる?」と迷うことがあります。

しかも今はグーグルアースや各種のニュースサイトやブログで、海外の情報が簡単に手に入る時代。

いったいお金と時間を使ってわざわざ海外に行く意味はあるのだろうか?

そう思う方も多いかもしれません。

ある日なにげなくラジオを聞いていたら、作家の島田雅彦さんが「旅」について面白い話をしていました。

印象的だったエピソードがいくつかあったので、ご紹介します。

●帰りの交通費を持たないで旅に出る

「これまで旅した中で印象的だった場所は?」

そんなインタビュアーの質問に、島田さんは、チベットに行った話をしていました。

チベットには“カイラス山”という聖地があります。

そこにはチベット中から巡礼者が訪れるのですが、巡礼者の多くは(写真でご覧になった方もあるかもしれませんが)、五体投地という四つん這いの格好で頂上をめざすのです。

それも多くの人は、とりあえず近隣の村から、行きの交通費だけ持って出て、
帰りはヒッチハイクして故郷へ帰る。

何日かかるかは、まったくもって未定です。
気の遠くなるような話です。

巡礼から帰ってからの仕事とかに遅れないのだろうか・・・。と私なら、とっさに思ってしまいますが、彼らは、きっと私たちとは全く違う時間の流れの中で生きているのでしょう。

そして、聖地巡礼という一大行事に、たっぷり時間をかけられる生き方というのは、
ある意味、すごく贅沢な生き方でもあるだろうなと、ラジオを聞きながら一人ぼんやりと思ったものです。


●旅は一種の学校である

「島田さんにとって、旅とは何ですか?」

そんな漠然とした質問もありました。
(私だったら、こんな質問に、一瞬、絶句してしまうでしょう)

それに対して島田さんは、「これまで色々な経験をさせてもらって、ある意味旅とは人生の学校です」

「大変なう経験をすることで打たれ強くなり、それが、年取ってから生きてくる」
とも。

旅のボディーブローは、10年後、20年後にきいてくる、というわけです。

旅に出ると、「世界では何でもあり」なんだなと思います。

私が20代の頃、タイからアフリカへ旅をしましたが、イランに行けば、奥さんのいる人の家によばれ、いきなりプロポーズされたり、

かと思えば、何日も泊めてもらった家の人が、別れ際に「お金をあげるよ」と言ったり、

日本での日常では体験できないようなことがたくさんある。

そんな経験をすると、なんだかそれだけ人間の幅が広がるような気がするのです

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