「自分の時間を取り戻そう」(ちきりん)はやりたいことを見つける手引書

「一度だけの人生、やりたいことをやるのが良い」。

誰でも頭ではわかっています。

しかしその「やりたいこと」を知るのは、実は意外に難しいものです。

その「やりたいこと」を見つける手がかりになるのが、「「自分の時間を取り戻そう」」(ちきりん)です。

大人になると「やりたいこと」がわからなくなる理由

成長するうちに、逆にやりたいことがわからなくなる。

周囲からいろいろな情報が入ってくるためです。

「これをした方が得だ」、「こうした方が他人からほめられる」、「世間の評価が得られる」等、良い意味でも悪い意味でも知恵がついていきます。

写真を例にとります。

最初の頃は純粋に自分が撮りたいものを撮っていた。

しかし次第に生業にするようになると、「こういうものを撮った方が雑誌に使えるのではないか?」

「人から評価されるのではないか?」

と思って撮るようになります。

そして次第に、本来自分が撮りたいものを忘れてしまい、写真がつまらなくなってしまう。

「私たちは頻繁に「欲しいもの」を見誤ってしまいます。

それは、大人になると「自分が本当に欲しいもの」と「手に入れれば社会が評価してくれるもの」が違うと理解し始めるからです。

そして「こっちを手に入れたほうが得なのではないか、いい人生が得られるのではないか」という計算をはじめるのです。

「自分の時間を取り戻そう」(ちきりん)

やりたいことを見つけるには?

エジプトの遊牧民

エジプトの砂漠で一人で暮らす遊牧民女性サイーダ。彼女は「町ではやることが多すぎて、祈りに集中できない」と言う。

「町ではやることがたくさんあって、祈ることを忘れてしまう」

なるべく情報をシャットダウンすることです。

そして何かやろうと思ったら、「それは自分の貴重な時間を使ってまで、やることなのか?」と問い直してみること。


私は2003年からエジプトの砂漠に1人で暮らす遊牧民女性サイーダを取材しています。

彼女にとって人生でもっとも大事で好きなことは「祈る」ことです。

「町ではやることがたくさんあって、祈ることを忘れてしまう」と彼女はいいます。

現代の町に暮らす私たちは、身の回りに物事があふれ、やらなければならないことは日々増えるばかりです。

忙しくしていると、なんとなく日々が充実しているように錯覚してしまう。

本当にやりたいことをやって忙しいのならいいのでしょう。

しかし実際、そうではないことに振り回され、本当にやりたいことをする時間がなくなってしまうことも少なくありません。

サイーダはよくこんなことを言っていました。

「(テレビはなく、ラジオをほんのたまに聞くだけについて)ニュースは戦争の話ばかりだから、知らなくても困らない。本当に必要なニュースなんて、多くないから」

「昔の生活は今よりずっとシンプルだった。放牧に出てミルクを飲み、日が暮れたら寝た。

今は暮らしが複雑になって、いろんなことを考えなきゃならない。

車が欲しい、携帯が欲しい……欲しいものが次々に出てくる。

他の人が持っていれば、それが欲しくなる。だから心が疲れる。

昔の人は多くを望まなかった。家畜が育ってミルクが出て、それを飲めば満足だった」

荒涼とした砂漠で暮らすことは私にはできません。

しかし私は彼女の精神は折に触れて思い出したいと思っています。

 

【「自分の時間を取り戻そう」】 
多忙な生活を脱し、本当にやりたいことができるための方法について記した書。こんなフレーズが刺さりました。

「人は、年をとればとるほど自分の欲しいものがわからなくなります。そ

れは自分の欲しいものしか見えていない動物的な子供の世界から、社会的な生き物である大人への変化であるとも言えます。

しかし自分の欲しいものがわからなくなるようでは、それは本当の「成長」と呼ぶことできません

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