エジプトでバイオリニストとして活躍する「木村伸子さん」インタビュー

バイオリニスト木村伸子さんは、エジプトを代表するバイオリニストアブドゥ・ダーゲル(Abdo Dagher)氏に師事し、彼のオーケストラメンバーとして、エジプトで演奏活動を行ってきました。

木村さんが惹きつけられたアラブ音楽の魅力、エジプトでの活動などについて、お話を伺いました。

25825589_403713プロフィール:
東京大学文学部歴史文化学科卒業、東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了。早稲田大学大学院文学研究科後期博士課程在籍。2009年よりカイロ大学に留学。留学中にアラブ音楽に出会い、エジプトを代表するヴァイオリニスト、アブドゥ・ダーゲル氏に師事。ターゲル氏の所属するオーケストラのメンバーとして、エジプトでの演奏活動を多数行う。2011年帰国後、アラブ音楽理論の歴史について論文を執筆しつつ、全国各地でレクチャーやライブに出演。

死者の町で聞いたバイオリン

――2009年にカイロ大学に留学されました。専攻は何でしたか?

 大学ではエジプトの中世史を勉強していました。エジプトへは服飾史を研究に行ったんです。バイオリンは幼い頃から習っていましたが、あくまでも趣味でした。エジプトにバイオリンを持って行きましたが、あれば弾く機会もあるだろう、くらいの気持ちです。音楽の道に進もうとは考えていませんでした。ダーゲル先生の名前も知らなかったんです。

――音楽に転向するきっかけは?

 留学して1ヶ月目くらいに、カイロ大学の指導教官に「死者の町」(カイロ郊外にある墓地。地方出身の貧民層が住み着いてスラムになっている)に連れていかれました。「おもしろい所に連れて行ってやる」と。彼はそこの出身で、泥棒などの研究をしているユニークな先生でした。
 そこにカフェがありました。お墓の中を垂れ幕でしきって店にしたものです。バンドが入り、白いガラベイヤ姿の男性がバイオリンを弾いていました。なんと墓石がステージなんです。お客は死者の町に住む人たちで、水タバコを吸ったり、ハシシを回し飲みしながら楽しそうに聴いていました。

アラブ音楽の中心は歌と弦楽器と太鼓の3つ。弦楽器がメロディを奏で、太鼓がリズムを取る。弦楽器はウード、バイオリンなどが使用される。ウードは梨形の胴をもつアラブの伝統的な撥弦楽器。

 エジプトのバイオリンを生で聞いたのは、その時が初めてでした。自分がそれまで慣れ親しんできた西洋音楽のものと全く違っていました。理解を超える音。自分がなぜその音を理解できないのか、その理由がわからず、ショックでした。その時「いつかこの音楽を探究するだろう」とおぼろげながら感じました。わからないから、やらなきゃいけないと。

 それ以来、住んでいたフラットの近くのカフェに行くようになりました。地元の人しか行かないような古く趣のあるカフェです。毎夜10時くらいから朝4時くらいまで、ミュージシャンが演奏していました。ウンム・クルスームやアブドル・ハリームハーフェズといった伝統的な歌手の優雅なメロディーの曲です。(2人ともエジプトを代表する国民的歌手)

 エジプトのミュージシャンには2通りいます。一つは芸術アカデミーなどを出たミュージシャン。1960年代に近代的芸術教育を施すために創られた学校です。そこでクラシックをしっかり勉強した後にアラブ音楽を勉強します。もう一方はそういう教育を受けず、幼少時からストリートで演奏しながら経験をつんでいくミュージシャン。カフェで演奏する人は後者です。

バイオリンが出会いを呼ぶ

 そのカフェに自分のバイオリンを持って行くようになりました。お店の人に請われて弾くと、みな喜んでくれました。エジプトでは女性が庶民的なカフェに入る習慣はありませんし、女性が楽器を弾くのもめずらしい。お嬢様のたしなみ程度に弾くことはあっても、カフェで芸人として弾くことは、まずありません。でも私は外国人だから、かえって興味を持たれ喜ばれました。

25825589_403705 それからは、どこに行くにもバイオリンを持ち歩いて、機会があれば人前で弾くようになりました。音大でもカフェでも人の家でも、弾けるところなら、どこでも。グランドハイアットホテルが所有する客船で弾いたこともあります。この時は飛び込みでした。

 もともとすごく人見知りする方です。でも楽器を手にしていると不思議にどこへでも入って行けてしまう。楽器を持っていれば出逢いを呼ぶに違いないと思っていました。チャンスがある。だから今はこれを最大限やろうと思いました。ただその時は、これがアラブ音楽の研究につながるとか、いつかプロになるとか、はっきりとは思っていませんでした。

 そうするうちに、人とのつきあいが広がり、やがてダーゲル先生のオーケストラに所属する方のつてで、先生のリハーサルを見学させてもらうチャンスに恵まれたんです。

 はじめて先生の奏でる音を聴いた時、それまで感じていたアラブ音楽への違和感が、わからないものはそのままでしたが、ある意味ですべてわかったような、そんな感じがしました。「私が求めていた音はこの音だ」と。

 ダーゲル先生に「弾いてみろ」といわれて弾くと、「わしがレッスンしてやる」と。こんなに簡単に習えるものなのかと驚くと同時に、すぐさま「お願いします!」と答えていました。翌週からレッスンに通うようになりました。2010年の3月のことです。11303709_10204380372969306_843246789_n (1)(ダーゲル先生にマンツーマンで指導を受ける木村さん)

(アブドゥダーゲル氏の生い立ち)
 1938年カイロ北部の町ダミエッタで生まれる。10才の頃からバイオリンを習う。13才で家を出てストリートで演奏しながら生計を立てる。18歳でカイロに移り、楽器屋で働きながら音楽活動を行う。やがて腕が認められ、ウンム・カルスームのバッバンドのオーケストラに加わる。近年、特にヨーロッパでその音楽性が高く評価されている。

11430254_10204380373009307_66760483_n (1)(アブドゥダーゲル氏)

 週1回、マンツーマンのレッスンでした。途中でお祈りの時間をはさんで、トータル2時間ほど。先生の作曲した曲を習うこともあれば、その場の即興したものを即座にコピーするということをやりました。それもただコピーするのではなく、音の本質のようなものをコピーしなければなりません。

 エジプトでは音楽はイスラム的に良くないものとされ、音楽家の地位は伝統的に低いんです。有名になってもどこかで差別される。最近はそうでもありませんが、先生が生まれ育った1930年代は特にそうでした。
 だからダーゲル先生の父親は、息子を音楽家ではなく法律家か医者にさせようとしました。先生が楽器を弾こうとしたら、たたかれたりした。どうしてもバイオリンが弾きたかった先生は、楽器を持って家出し、モスクで寝泊まりしながらストリートで演奏していました。

 だからストリート魂はすごい。自由なんです。誰かから求められる音楽ではなく、自分の中から出てくる音楽を自分のために弾く。流行りの曲とかは絶対やらなりません。作曲した無数の美しい曲を全部暗記していて、コンサートでは、ご自身が若いころに作曲された曲をよく弾いています。

 ふだんはお茶目なことしか言いません。「エシュラブ・シャーイ(お茶を飲め)」にひっかけて「エドラブ・エンネーイ(笛を吹け)」と言っては、自分でクスクス笑う。「お茶に砂糖(スッカル)を入れるか? それともコッカルにする?」といった語呂合わせのダジャレが多い。そして口を開けば、当時のムバラク大統領やイスラエルの悪口ばかり。
 一方で常々「アラブ音楽は神が人に与えてくれたもの。音楽は神さまのために演奏するものだ。自分の音楽はコーランがもとになっている」と言っていました。食べるために演奏するストリート魂と神のために作曲し演奏する。一人の人の中に、混沌とした俗な部分と聖な部分がありました。

エジプトの聖と俗

 エジプトは外国人に対してボッたりする人がいる一方、その同じ人がモスクで一心に祈ったする。1日5回アザーン(礼拝への呼びかけ)が流れると、おしゃべりをピタリと止め、音楽もストップする。聖なる時間だからです。人の中に聖と俗がある。そういうギャップというかコントラストがとても興味深く、心惹かれます。

 最初エジプトに来た時の印象は何もかもがカオスでした。みんな交通ルールは守らないし、行列にはならばないし、秩序がない。清潔観念も違う。でも一方で、宗教的生活やコーランをとても大事にする。しばらくするうちにわかりました。これは私たちと大事にしているものが違うんだと。逆にいえば、宗教的なことをきちんとやっていれば、少々遅刻してもかまわない。日本人と大切にするポイントが違う。その点にとても共感しました。

 町の中にも聖と俗が隣り合る。エジプトの町には日本以上にたくさんモスクがあります。雑踏の中に聖域が隣り合っている。市場はすごい喧噪でも、そこにあるモスクに一歩入ると完全な静寂がある。そこで人々が神さまを思ったり礼拝をしたり、昼寝をしたりしている。その聖と俗のギャップがすごく美しいなあと思います。ただ美しい高貴なだけであるより、聖と俗が生きているのが、むしろより一層美しく感じます。

木村さんは、レッスンの1年後にダーゲル先生とオーケストラに出るようになった。しかしまもなく革命が勃発。予定されていたコンサートが次々にキャンセルされ、帰国を余儀なくされた。状況が落ち着いた頃、再びエジプトでコンサートに出演。帰国していた時期も含め、エジプトにはトータルで3年くらい滞在している。

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 最初は、エジプトの音楽って、なんてバラバラなんだろうと思いました。オーケストラはボーイング(弦楽器の弓の使い方)もまちまち。皆が勝手に装飾音入れたりする。普通オーケストラで演奏するときは、指使い、ビブラートのかけかたなどをビシッと合わせるものです。あたかも一人が演奏しているかのように。でもエジプトではバイオリンもバラバラ。ただ表面的なところはバラバラでも、音の選び方、音程などが信じられないくらい統一されている。これがアラブ音楽の一番大事なポイントなのだということが、次第にわかってきました。それは西洋クラシックで要求される完璧な音程とはまた違うもの。集中しているポイントが西洋とぜんぜん違う。そういうことを知って、とても感動し、それが今でも続けている原動力になっています。

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