なぜイスラム教徒の人口は増え続けるのか? <イスラム世界から見た日本>

エジプト、モロッコ、シリア・・・イスラムの国は、日本より総じて貧しい国が多い。

でも、そんな国を旅していて不思議に思うのは、彼らが日本人よりずっと楽しそうに生きているということです。

イラン女性たち

公園でスイカを食べていた女性たち

結婚・出産が人生の中心

たとえば結婚式。日本と違い、スピーチなどはなく、ひたすらガンガン踊りまくる。おめでたい場だから。そして結婚は人生の中心。そのため非常に盛大に祝います。

誰もが、結婚して子供がいない私を見て「やることやってるのか?」と遠慮もなくずけずけ聞く。彼らにとって、結婚・出産が人生の中心だからです。

これは、仕事が人生の中心にある日本人より、よほど健康的で、生きることを楽しんでいるように思えます。

もちろん日本にも楽しみはあります。女子会と称する飲み会、映画をはじめ各種娯楽、世界中の料理が楽しめるグルメ、女性一人旅……。

でも、どこかで私たちは物足りなさやを感じていないでしょうか? その楽しみの多くは娯楽と名を変えた「消費」だからです。

生きる「根源的な喜び」とは?

あるパキスタン女性に、「イスラム女性は一人で海外に行けないし、つまらなくないの?」と質問したら、「一人で旅行したら、楽しみが半分になる」と言われました。

結婚して、家族と時間を過ごす。これがイスラム圏の人々の生きる喜びなのです。そして私はこれが人間の根本的な生の喜びのような気がします。

小説トリッパーの同じ号に、作家石井光太さんの、新連載「世界の産声に耳を澄ます」が掲載されていました。世界の出産事情をルポしたものです。

「遺体」など多数の著書がある石井氏は、それまで世界の貧しい国々でスラムや路上で生きる人と生活をともにし、その体験を執筆してきました。2012年に奥さまの出産を体験されたことなどを機に、世界の出産現場をめぐる取材しようと思いたちます。

そのルポに、こんなくだりがありました。

「私は彼らが人生を謳歌できるのは子供という希望をもっているからではないかと思った。 どんなにつらい現実に直面していようとも、子供という無限の愛情を注ぐ対象があり、そこに未来を託すことができるからこそ、自分の人生に光を見いだすことができるのではないか

晩婚化・少子化が進む日本。戦後、経済効率を中心に戦後生きてきた私たちは、どこかに人生の根元的な喜びを忘れ去ってしまったのではないかしら?

自分のこれまでの生き方の反省も含めて。

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