イランのホテルで見た女性の貧困問題一例 <イスラム世界から見た日本>

イランでちょっと驚く風景に出会いました。とある町でホテルに滞在してきた時のこと。

外出からホテルに戻ると、ロビー横のレストランで女性が一人で食事をしていました。

これは明らかにおかしいです。普通、イランの女性は一人でレストランに入りません。

しかも女性が座っていたのは、入り口に近い目立つ席。そこで山盛りのごはんを前に、5歳くらいの男の子と食事をしていました。

ホテルの「おごり」

彼女は私を見ると、フロントデスクの男性に「あの人何人?」と大声で言い(ペルシャ語なので、何と言ったかは不明)、男性が「日本人だよ」と答えていました。

30分後、私がチェックアウトのためにフロントに行くと、その女性がフロントデスクのソファに座っています。

私がフロントの男性にホテル代を払うと、彼は女性を指差しながら何やら言います。

彼は英語が話せずペルシャ語なので、最初は何を言っているかわかりませんでしたが、よくよく聞いてみると、「この女性を助けてやってくれ」と言っているらしい。

つまり、「いくばくかのお金を渡してやってくれ」と。

この女性は物乞いで、食べていたごはんは、ホテルの「おごり」だったのです。

彼は「お金を渡すのが当然」みたいな態度ですし、女性も「もらって当然」みたいな表情。

渡さないと悪いことをしているみたいな気分になり、彼女に小額のお金を渡したのでした。

その女性は額に不服だったみたいで、お礼も何も言いませんでしたけど。。。。

エジプトでも物乞いがレストランにやって来て、入り口で店主から食べ物を受け取る姿を見たことがあります。

でも物乞いがホテルのレストランで堂々と食事する姿を見たのは、その時が初めてでした。

驚いたのは、その女性がごく普通の身なりだったこと。

確かに痩せているし、裕福そうには見えないけれど、貧しそうでもない。

それでも、「お金に困っているから、何か食べさせて」とホテルに行けば、ごはんを食べさせてくれるのか、イランは。

しかもその女性は、まるで宿泊客のごとくフロント前のソファに座っていました。

もらって当然

その女性はよくそのホテルに出入りし、お客から金銭を受け取っているそうです。といっても、ホテルは決してリッチ系ではない。むしろ安宿のレベルです。

ただイラン人はあまりホテルに泊まりません。どこかに行くとたいてい宿には泊まらず、親戚の家や友人の家に泊まります。(事実、このホテルには私以外に客はあまりいないようだったし)。

だからホテルに泊まっているというだけで「リッチな人」となるのかもしれません。まして私は「日本人」。

日本でたとえて言えば、子連れ離婚し、日々の生活に困った主婦が、ハイアット・リージェンシーかワシントンホテルかどこかに行き、ホテルのレストランで食事させてもらったり、宿泊客から金銭をいただく、という図である。が、これは絶対にありえない。

もちろん宿泊客には、主婦に千円や2千円くらいを渡す余裕のある人はたくさんいる。そのお金で女性はごはんが食べられる。

が、彼女はまず追い払われそうだし、だいいちそんなことする女性はいない。ハシタナイという気持ちがあるかもしれないし、そんな発想は日本人にはない。困ったら自分でなんとかしろ、こういう風潮が日本では強いように思う。

もちろん、この一件だけをもって「イランが貧困女性に優しい社会」とは決して言えない。

でも「そういう面もある」とは、決して言えなくはないと思います。

あの女性の「もらって当然」みたいな態度に、「貧しいことは恥ずべきことではないのかも」と目からウロコみたいな気分になった。

同時に小額のお金しか渡さない自分が、逆に「悪い人」になったような妙な気分でした。

イランと日本、どちらの社会が良い・悪いとは、一概には言えません。

でも困った人が堂々と助けを求めたり、お金をもらったりすることができる社会というのも、それはそれで決して悪くないと思います。

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