スマホをやめたら良いことづくめ

スマホを手放し、ガラケーに変えて10日ほどたちました。

不便じゃない?と思われる方もいるでしょう。

今は良いことしか思い浮かびません

電池が減らない

ガラケーを使い始めてから、まだ一度も充電していません。以前使っていたスマホなら、とっくに3,4回は充電しているところです。

(充電回数が減ったぐらいで、何?)

そう思われるかもしれません。でも電気の使用料が減らせるのは悪いことではありません。

充電する手間が激減します。

2,3日の旅行なら充電器を持っていく必要もありません。その分荷物が減ります。

「電池切れストレス」さようなら

さらに大きいのは電池切れによるストレスです。

スマホを持っていた時は、電池がすぐなくなり、イラ立つことがしばしばでした。

出かけようとしたら、「バッテリーがない!」と気づき、あわてて充電。

それでも半分も充電できず、外出している間「いつ電池がきれるか・・」と常時ハラハラしている、とか。

電話で話していたら、電池切れになり、突然ブチッと電話が切れてしまったこともありました。

朝フル充電しても、外出先で地図を表示したりしているうちに、夕方にはもうなくなってるなんてことも、しばしば。

今は携帯を見るたびに「まだ電池がある!」と嬉しくなりますが、以前はスマホを見るたびに「あー、もう電池が少ししかない」とイラッときたものでした。

同じ持つなら、どちらが良いでしょう?  

「今この瞬間」を楽しめる

スマホを持っていた頃は、旅行にいっても旅の最中にしきりに写真を撮って、SNSにアップしていました。

誰でもやりますよね?

そして投稿へのリアクションが気になり、ついついスマホを見てしまう・・・。

自分の意識が、目の前の楽しいことよりネットにつながった、どこか遠くにある。
これはまずいなあと気づきました。

「私は最近になって携帯電話を使うのをやめた。スイスとブータンでつかの間の幸福を邪魔されて以来、携帯電話は幸福の対極にあると実感したからだ。携帯電話というのは、現在いる時間や空間から人を切り離してしまう。」(「世界しあわせ紀行」)

スマホをやめた今は気分爽快。
今、この瞬間を楽しみたいので、これからもスマホを持つことはないと思います。

とりもどした「心の落ち着き」

スマホを持って外出した時は、しばしばメールが来ていないか気になったものです。

そしてメールが来ているのがわかると、(すぐに返事しなくても良いのに)気になってしまって、そわそわしてしまう。

私はスマホで文字を打つのが苦手でした。一言二言なら良いものの、長文では無理。だから家に帰らなければメールの返事が出せません。重要なメールなら、なおさらです。

考えてみたら、そんなにすぐさま返事をしなければならないメールは、ほとんどないもの。
でも見てしまうと落ち着かないのです。

今の携帯は通話のみの契約で、メールはチェックできません。

最初は「困らないか?」と心配でしたが、今のところ特に不都合はありません。

「すきま」時間の大切さ

スマホを持っていないと、けっこう「ぼーっとする時間」があります。

電車に乗っていても、以前なら一心にスマホを見ていましたが、今は本を読むか、それに疲れたらぼうっと外を眺めています。

こういうのは一見時間の無駄なように思えますが、意外に良いアイディアが浮かんだり、何かひらめいたりするものです。

PHSが登場し携帯電話が普及を始める1995年までは、隙間時間は重要な発想時間でもあったのだ。机にかじり付いている時には思い付かなかったアイデアが、机から離れている時にひらめく瞬間があった。というのは、アイデアは、通勤時、就寝時、入浴時など仕事場から離れたところで発想されるケースがよくあるのだ。本人が考えていないように思える時でも、頭の中では無意識に思考回路が働いているのだろう。(「IT社会の護身術

いつもスマホでネットやメールをチェックしてばかりでは、ひらめきが生まれる瞬間がありません。

時間を有意義に使っているようでいて、実は大切な何かを失っているのかもしれません。

 

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