イラン映画と「太陽」

朝TVをつけていると、イラン大統領がウラン濃縮活動を拡大させて本格的な核燃料の
製造に着手したと宣言したニュースがながれていた。一般ピープルはとてもよい人た
ちなのに、この国はどうなってしまうんだろうと憂鬱なきもちになる。

そういえばイランを特集した雑誌を前に買ったっけ・・・
「クーリエ・ジャポン」
特集のタイトルは「イラン人の本音」。2006年3月16日号。買ったけれど中を
読まずに積ん読状態だった。

その中に、昭和天皇を描いた映画「太陽」がイギリスでDVDになったという記事が
載っていた。太陽は監督はロシア人で、イッセー尾形が昭和天皇を演じている。日本
では配給先がなかなかきまらなかったそうだ。なぜなら皇室を映画で扱うのはタブー
だからだ、と記事にある。
私も昨年この映画を観て、イッセー尾形の名演技に圧倒されながら「大丈夫なのだろ
うか。。。」と驚きというか疑問のようなものをかんじながら観ていた。
イッセー尾形も「撮影が終わってから恐怖を感じるようになりました」とインタ
ビューにこたえている。

イラン映画の場合、海外で高い評価を得ても、検閲などにひっかかって国内で上映で
きない場合も多い。
日本に生まれてよかった。。。と思うけれど、
日本で100%自由な芸術表現ができるかというと、皇室に関わることのように、そ
の国にはその国特有のタブーってある。

じゃ、タブーがない方がよい映画ができるのだろうか。。。。
露骨な性描写ができて、資金が潤沢にあったら、イラン映画は今のような姿になって
いただろうか。いろいろと難しい制約があるなかで、工夫模索しながら、きっとあの
国独自の慎ましく繊細な表現などが生まれてきたのではと想像する。

写真もカメラやレンズをたくさん持っているよりも、たった一つのカメラ、単体レン
ズしかなく、それをどう使いこなすかに頭をつかう中から、良い写真が生まれてくる
のかも・・
なんて考えてしまったけれど、あんまり関係ないかな。。。。?

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