<イスラム基礎知識> 誰も書かない「イスラムの大事なポイント」5つ

イスラム教の大事なポイントは、この5つに集約されるでしょう。

◆来世を信じる
◆聖と俗の区別がない。人生全般のルールを定める
◆すべてを神にゆだねる
◆性の肯定

来世を信じる

イスラムの真実と世界平和」には、こうあります。

「例えばイスラムでは、死ぬと必ず来世に行くとみんな信じています。これだけは、あまり(教えに)忠実に行動しないムスリムでも、とにかく死んだら来世があるということは信じています」

イスラムの真実と世界平和」は、著者がある高校で講演した内容をまとめたもので、イスラムについて初めて学ぶ人にとって、とてもわかりやすい良書です。

聖と俗の区別がない 

お祈りなど「宗教」に関する事以外に、日常生活のルールを細かく定めているのがイスラムの特徴です。

たとえば、「結婚の時に花嫁にお金を渡せ」とか、「利子はとってはいけない」などといった事です。

「聖」と「俗世間」どちらもイスラムの要素です。

これも「イスラムの真実と世界平和」の中から。

 「『コーラン』というのは、人間と社会の法の体系、わかりやすく言えばルールブックという面がかなりあります。(途中略)商売するときにハカリをごまかすのは奴はけしからん、とか。それから、戦争のときに戦利品として何をもってきてもいいけど、これだけは取ってはいけない、とか、そういうルール。離婚するときの財産の分与についての規則もあります。つまり、人間の生活の、生まれてから死ぬまでのあいだのルール。家族のルール。それから社会のルール。そういうものが、かなり広範に網羅されているのです。」

仏教・キリスト教との違い

これを仏教やキリスト教徒の違いで説明したのが、「イスラムからの発想」です。

「仏陀やキリストは人間を、純粋に「内面から」救おうとしたが、マホメットは人間を「外面からも」救おうとしたのである。(中途略) つまり、様々な規定を細部に渡って課すことにより、個人と社会を正そうとしたわけだった。コーランを読むと、「宗教書」というより「法律書」という印象を受ける理由もそこにある(p。65)」

こうも書いている。

「我々の伝統的な「信心」では、「信仰の有無」が問題のすべてであり、その信仰によってどんな生き方をしようと原則的には自由である。ひたすら「真心をこめて」信じる神仏を拝んでいればいい。ところが、イスラム教の場合は具体的すぎるほど細かい「信者の義務」があり、それを果たすことが信者であることの証明であり、「信仰」なのである。(p。89)」

「信じる者は救われる」というのはイスラムではナンセンスで、行動がともなわなければいけないのです。

「イスラム教においては、「聖」と「俗」とが分かれていない。そして、イスラム教徒にとって信仰とは、自分の属する宗派の「聖法」を完全に守るよう努力することに他ならない。そこが我々の「信心」と多いに異なるところであり(途中略)、きわめて内面的な宗教である仏教や、聖と俗とが分離しているキリスト教の延長線上で、イスラム教というものを理解しようとしてはいけないのである(p。73)」

すべてを神にゆだねる 

この世のできごとは、すべて神によって決められていると信者は考えます。
イスラームを知ろう」にわかりやすく書いてあります。

「アッラーは全知全能であり、この世のすべてのことがその意志によってあらかじめ決められている、とムスリムは考えます」

日本人なら、たとえば試験に落ちたら「努力が足りなかった」と自分を責めるところを、イスラム教徒は、「神様が望んだことだから、しかたない」と自分を納得させる。一種の心理的救いともいえるでしょう。

「そういうふうに考えることによって、過重なストレスがかかることを避ける思考メカニズムが、イスラムにはある。人間が生きているうえでのイスラムの偉大な知恵といえるでしょう」(「イスラムの真実と世界平和」)

性の肯定

セックスを奨励するのがイスラムの特徴です。イスラムというと、婚前交渉の禁止、お酒の禁止と、禁欲的な宗教と思われていますが、実は違うのです。

「イスラムは神の定めとして快楽を認めている。食欲、金銭欲、そして性欲も認める。全能の神は、人間が欲望をもつ存在であることを前提にしている。(途中略)」(「イスラムの怒り」)

欲のあるのが人間、というスタンスです

「イスラムは禁欲主義も独身主義も奨励しない。(途中略)イスラムは、結婚と夫婦間の性の交わりを肯定する。人間に本来そなわっている欲望というものは、「神がそうきめたのだ」という絶対者としての神観念と深くむすびついている。・・・・夫婦間の性交渉への肯定的な姿勢は、イスラムの結婚観の根幹をなしていると言ってもよい。」(「イスラム癒しの知恵」)

そして、『コーラン』や『ハディース(預言者ムハンマドの言行録)』には、性についての記述が多く見られます。

 「ハディースは、妻との性交渉がサダカ(随意の喜捨・善行)の一つだというムハンマドの指摘を伝えている。(p。160))」

性について日本やキリスト教との考え方の違い

「キリスト教も、明治以降の日本も、女性が快感を得ることに対して抑圧的な態度をとったことを思うと、イスラムの性観念のほうが、はるかに男女の平等性を担保していることになる。」

「子どもをつくるためなら認めていい、というようなセックスに対する後ろめたさはイスラムには、まったくない。セックスの快楽を隠蔽したキリスト教とは、この点で大きく異なる.子どもができるかどうかは神(アッラー)が決めることで、日常での性の営みは、人間の欲望に根ざした快楽の追求として、神が許した範囲で楽しんでかまわないのである。」(「イスラムの怒り」)

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