イスラム圏に20年通って知った「日本の良さと素晴らしさ」

以前、イスラム圏に20年以上通って見えてきた「日本社会の不思議」を書きましたので、

イスラム世界から見た「日本の良さ」を書いてみたいと思います。

一人でいられる

イスラム圏の町や村を歩いていると、しばしば地元の人に呼び止められ、「どこから? 日本? 家によってお茶飲んでけ」となります。

なかなか一人にしてもらえません。

イランのバスターミナルでバスを待っていた時のこと。隣に座っていた若い女性が、携帯電話で誰かと話をしていました。

その彼女が突然、携帯を私に手渡したのです。

一瞬何のことかわらず電話に出てみると、相手は男性。

「私は彼女の兄です。妹が何かあなたが困っているんじゃないかと心配しています。彼女は英語が話せません。そこで私に代わりに聞いて欲しいと言っているんです」。

ただぼうっと考え事をしていたくても、なかなかそれができません。

イスラム圏の人は人好き、そして寂しがり屋です。いつも誰かと一緒でいないと落ち着かない。

昨今携帯電話が爆発的に普及したおかげで、始終誰かと携帯で話しをしています。

そこで一人でいる外国人を見ると、短絡的に「寂しいに違いない」と思ってしまうらしいのです。

これはこれで楽しいのですが。逆に寂しがりやの人は、ぜひイスラム圏を旅行すると良いでしょう。

「自分は無宗教」と公言できる

日本では宗教の話題はどちらかというと避けた方がよいテーマです。

しかしイスラム圏では宗教こそ人々の関心の中心事

知り合うとまずは聞かれます。
「あなたの宗教は何?」

ここで「宗教を信じていない」などと答えてはいけません。
無宗教だなんて、彼らにとっては信じられないことだからです

イスラム圏の人々にとって、生活を律するのは宗教。いわば日本の法律のようなものです(簡単に言ってしまえば、ですが)。

だから宗教がないとは、「生きる軸がない」、「善悪が判断できない」、「何をしでかすかわからない」となり、しまいには「危ない人」に思われてしまう可能性もあり。

でもたまに「実は私も宗教は信じていないんです」と言う人もいます。そういう時は、きまって「小声」です。

こういうのは、あくまで秘密裏に行われる会話。おおっぴらに「自分は無宗教」とは絶対に言えません。

日本で無宗教は当たり前。でも世界を見れば、イスラム教、キリスト教、ユダヤ教・・・宗教がある人の方が多数派かもしれません。

健康的に生活ができる

紅茶やコーヒーなどの飲み物に砂糖を入れないのは、実は日本人くらいではないか?と思っています。

少なくともインドネシア、イラン、エジプト‥私が旅したイスラム圏に限っても、飲み物には必ず砂糖が入っています。

カフェではあえて「砂糖ぬきで」と言わないと、ブラックの紅茶やコーヒーは手に入りません。

その砂糖の量たるやハンパない。コップ1杯につきスプーン大さじ3杯くらいというのが当たり前。砂糖水を飲んでいるみたいです。

また中東やアラブ圏では、料理に油が浮かぶほど油やバターをたっぷり入れます。
油はたくさん使えば使うほど料理が美味しくなると信じているかのよう。

レストランでも、時に招かれた家庭でも、料理はすべてそんな感じですから、しばらくイスラム圏に滞在すると、間違いなく「油過多」となります。

また向こうの人々には、「健康のために運動する」「健康のためになるべく歩いた方が良い」などという概念も希薄です。

歩いて5分くらいの距離でも、必ず車・バスに乗ります。

アパートの目の前にマーケットがあっても、階段を降りるのがめんどくさいので、降りないで買い物できる方法を考えます。

どうするか? ひものついたカゴをベランダからするすると下ろし、下にいる野菜売りのおじさんに「トマト1kgちょうだい!」と言うのです。

バスケットには「トマト1kg分」のお金が入っています。

トマトを入れてもらったら、またするするとひもをひっぱって、バスケットを引き上げます。

こんな暮らしぶりでは、当然太ります。しかしご本人たちにはダイエットや運動など苦しい努力は嫌い。薬で解決しようとする。

「日本には痩せる薬が売ってるんでしょ?今度来る時買ってきて」
と何度言われたことでしょう。

向こうの薬局には「ヤセ薬」のポスターがでかでかと貼られています。

「ともに暮らして取材する」がモットーの私は、当然彼らと同じような生活スタイルにならざるをえず、気づけは不健康な体に。

イスラム圏から帰るたびに、日本の健康的な環境でリセットするわけです。

たくさん本がある

日本の1日の出版点数は200点。本屋に行けば旅行書、エッセイ、ビジネス書、自己啓発書など、ありとあらゆる本が並んでいる。本好きにはたまらない環境です。

イスラム圏では、本といえばコーランです。

それ以外の書物ももちろん売られていますが、とうてい日本の出版事情には及びません。日本語の本はもちろんありません。

オマーンの山奥の村に行った時、そこの村長さんにライブラリーに案内されました。「おお、こんなところにもライブラリーが!」と喜びました。

が、並んでいる本はほとんどすべて宗教書だったのです。

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