「ゼロ」(堀江貴文)。ヒッチハイクで学んだ人生で大切なこと

先日、堀江貴文さんの新刊「ゼロ」のサイン会に行ってきました。

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無類のヒッチハイク好き

本には堀江さんの生い立ちなどが詳しく書かれていますが、私にとっては意外なことがたくさんありました。

「女の子と普通に接することができるようになったのは、30代の中盤になってから」。
これはなんとなく想像できましたが、
大学時代に「無類のヒッチハイク好きだった」というのは驚きました。(イメージが違う!)

そして、このヒッチハイクにまつわる一連のストーリーに、人生においてとても大切なことが書かれてあったのです。

人生で大切なことはヒッチハイクから学んだ

大学時代に堀江さんは、ヒッチハイク好きのクラスメートと、ヒッチハイクで全国各地を回ろうと計画したそうです。

その時のノリの良さは、さすが!とうならせるものがあります。

「実際、僕らのヒッチハイクは無敵だった。たとえば夜中に、串カツが登場する料理漫画を読んで、「よし、いまから大阪に行って、串カツを食べるぞ!」と港北パーキンググエリアにでかけ、ヒッチハイクを始める。そして翌日の昼には、大阪で本場の串カツを食べているのだ。

そして、北海道以外の全国をヒッチハイクで制覇。

「好きなときに、好きな場所に、1円も使わず出かけられるフリーパスチケット。サイフが空でも勇気一つでどこにでも行ける圧倒的な自由、この快感は、普通の旅では得られないものがある!」

この経験は、堀江さんに「僕にもこんな大胆なことができるんだ!」という自己達成感を与えます。

「ヒッチハイクによる小さな成功体験を積み重ねることで、僕はコンプレックスだらけの自分に自信を持てるようになっていった。もう見知らぬ人に声をかけるのも怖くない。交渉だって、上手くできる。自分の殻を打ち破ったという、確かな手応えがあった。僕が起業後にも臆することなく営業をかけていくことができたのは、このヒッチハイクの経験があったからこそなのだ。

ここで自分の例を出すのは恐縮ですが、大学時代の旅が、自分に「自信」を与えてくれたという経験は、私にもあります。

私は大学まで勉強一筋で、性格は超根暗で友人が全くいませんでした。
そのことに悩み、思い切って大学を休学し、半年間インドネシアを旅することにしたのです。

知り合いもいない未知の国を長期で一人旅することで、自分を変えられるかもしれなと思ったからです。
行き先にインドネシアを選んだのは、大学で感銘を受けた先生がインドネシア専門だったからでした。

行ってみてどうだったか?
驚きの連続でした。バスや電車の中で知り合った現地の人が、「一人? よかったらうちにおいで」と声をかけてくれるのです。

そして行く先々で人の家に呼ばれ、現地の家を泊まり歩きました。

「こんな私でも受け入れてくれる人がいる!」と感激し、「自分って、こんなことができるんだ!」という自信にもつながりました。

実はインドネシアの前に、友人に誘われてアメリカ西海岸のツアーに参加しました。それが初めての海外旅行です。

それがなければインドネシアには旅立っていなかったでしょう。

特にアメリカに興味があるわけではなかったものの、「でもなんとなくおもしろそう」と思って行ってみたら、旅にハマってしまった。

友人の何気ない誘いに乗るか乗らないかは、けっこう人生で重要なことだったりします。

人生に大切なのは「ノリのよさ」

ヒッチハイクを通じて、さらに人生にとって大切なことを学んでいきます。

友だちからヒッチハイクに誘われて、やってみるのか、断るか。あるいは友だちから面白そうなイベントに誘われて、参加するのか、しないのか。いずれも取るに足らない些細なことだ。しかし僕は、あらゆる人の一生とは、こうした小さな選択の積み重ねによって決まってくるのだと思っている。

これはチャンスの問題なのだ。チャンスだけは誰にでも平等に流れてくるものだからだ。目の前に流れてきたチャンスに躊躇なく飛びつくことができるか。そこが問題なのである。
大学時代の僕は、ヒッチハイクの誘いに飛びついた。別にヒッチハイクによって自分の性格を変えようとか、空を破ろうとか、高尚な目的意識があったわけではない。ただ「おもしろそう!」と思い、勢いにまかせて飛びついただけである。そのチャレンジが自分を変えるきかっけになったのは、ただの結果論だ。

 

チャンスの見極め方

今の堀江さんを作ってきた原点とは、この「チャンスをつかみ取る力」にあったのでしょう。

僕はこの「チャンスに飛びつく力」のことを、向上心とか目的意識とか、そんな堅苦しい言葉で語りたくはない。もっとシンプルな、人としての「ノリのよさ」だと思っている。フットワークの軽さ、好奇心の強さ、そしてリスクを承知で飛び込んで行ける小さな勇気。それらの総称が「ノリのよさ」だ。

目の前の出来事に対して、それはチャンスなのかどうか、どうやって見極めたらいいのでしょう?

チャンスの見極め方がわからない? 僕に言わせると、その発想がすでに「ノリの悪さ」を表している。チャンスを見極める目なんて、必要ないのだ。少しでも面白いと思ったら、躊躇せずに飛び込むそうしないと、せっかくやってきたチャンスは過ぎ去ってしまう。

 

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